最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
 
案の定、ナタリアはその声に反応しない。

けれどイヴァンが目の前に立ち、手袋を外した素手でそっとナタリアの顔にかかっていた髪束を除けてやると、ナタリアが微かに反応した。

「ナタリア。俺がわかるか? イヴァンだ。……ずっと会えなくて悪かった。けど、もう大丈夫だ。うちの国は半年前から父上が病床につき、今は俺が実権を握っている。もう両国の不和はない。だからこれからは、こうしてお前に会いにくることもできる」

イヴァンの話を聞きながら、ナタリアが少しずつ顔を上げた。表情は変わらず話を理解できているとはとても思えなかったけれど、驚くべき反応だった。

「今までこんなところにひとりぼっちで閉じ込められて、つらかったな。まともな教育もされず、社交界にも出されず、可哀想に。けどそれももう終わりだ。この城は両王家協議のうえ、アスケルハノフ家の所有となった。これからはお前の自由も、俺が保証する」

幼子を慰めるように、イヴァンがナタリアの頭を軽く撫でる。天然のカールが緩くかかったプラチナブロンドの手触りは、雨に濡れた若草のように柔らかかった。

「俺がどうしてそんなことをするかわかるか、ナタリア? ……俺は数年後、帝冠を戴いたあかつきには、お前を后にしようと考えている。だからお前にはもとの精彩さを取り戻し、帝国の妻としてふさわしい教養を身に着けてほしい。大丈夫だ、俺に任せろ。閉じ込められていた無駄な四年間なんか、すぐに取り戻してやる」

イヴァンは希望と活力に満ちた声で言った。

彼はこれっぽっちも疑っていなかったのだ、ナタリアが元気さえ取り戻せばすべてが順調にいくはずだと。
 
< 21 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop