最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
 
ナタリアはローベルトの死を目の当たりにしたショックで一時的に落ち込み、言葉を失っただけだ――四年間彼女に会うことなく、人づてに話を聞いていたイヴァンはそう思い込んでいた。

彼は知らない。ナタリアの心がもはや、形などなくしていたことを。

「兄上の……ローベルトのことはお前にとっても不幸なことだったと思う。けれどいつまでも悲しみにとらわれていては駄目だ。前に進もう、ナタリア。大丈夫だ、俺がついている」

イヴァンがそう語りかけたとき、奇跡が起きた。

虚ろだったナタリアの瞳が大きく開かれ、四年間声を発さなかった唇が震えながら動く。

「……ローベルト……」

四年ぶりに麗しい唇から紡がれたのは、彼女が沈黙する前に呟いた名と同じだった。

「ナタリア……!」

イヴァンは希望に破顔する。ひとことも喋らなくなったと聞いていたナタリアが、さっそく言葉を発したのだ。自分の力があれば彼女の回復は早いと、彼が希望を見出すのも当然だった。

けれども。

奇跡が必ず喜びをもたらすとは限らない。それは或いは、新たな絶望の扉を開く鍵にもなり得るのだから。

「……ローベルト、どこ……?」
 
< 22 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop