最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
ゆらりと椅子から立ち上がりながら、ナタリアが呟く。
その瞳に目の前のイヴァンは映っていない。
「ナタリア……?」
彼女の様子がおかしいことに気づいても、イヴァンはまだその絶望の形には気づかない。
「……探しにいかなくちゃ……もう、日が暮れてしまうわ」
まるで違う景色を見ているように、ナタリアは宙を見つめながら歩きだす。イヴァンにぶつかり、椅子にぶつかってよろけながらなお、彷徨うように。
「ローベルト……どこ……ローベルト……」
ナタリアの異常さを、イヴァンは少しずつ理解して背筋を冷たくした。まるで悪夢を見ているようなこの状況に、顔が勝手にこわばっていく。
「……ナタリア、冗談はよせ。昔の真似など笑えないぞ」
あてもなく部屋の中をノロノロと彷徨うナタリアの腕を、掴んで止めた。
振り返ったナタリアが人形のように無表情だった顔に、驚きと恐怖の色を浮かべる。
これもまた四年ぶりに起きた奇跡で――新たな絶望の扉が開いた瞬間だった。
「いやぁああっ!」
絶叫をあげたナタリアはイヴァンの手を振り払って、逃げるように駆け出す。テーブルにぶつかり転び、その拍子に落ちた燭台のろうそくの火が絨毯に燃え移る。