最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
――イヴァンの力になりたい。
そんな健気な願いとは裏腹に、キュクノス宮殿で暮らすようになってからのナタリアは以前より頻繁に心をさまよわせるようになった。
原因はわからない。環境の大きな変化が一因かもしれないし、長く雪に閉ざされる生活が関係あるのかもしれない。
だからといってナタリアをシテビア王国へ戻すわけにもいかず、彼女はほぼ毎日のように錯乱してローベルトを探しにいこうとするようになってしまった。
そしてそれは残酷に、イヴァンの精神を摩耗させていく。
「だから言わんこっちゃない」
外務大臣のユージンと結婚に反対した一派はそう囁き合った。結婚に否定的でなかった臣下らも口には出さないが、ナタリアの噂を耳にするたび眉を顰めた。
心をさまよわせたナタリアは目を離すと宛てもなくどこかへ行ってしまう。そしてそれを止めようと体を押さえれば、まるで暴漢に襲われたかのように喚き叫ぶのだ。
キュクノス宮殿から聞こえるナタリアの絶叫は、ときに外にまで届いた。たまたま新兵の隊が訓練所へ移動しようとキュクノス宮殿の近くを通りかかったとき、運悪く二階の窓が開いていた。そこから漏れ聞こえたナタリアの泣き叫ぶ声に、新兵たちが激しく動揺したのは言うまでもない。
「〝アレ〟が我がスニーク帝国の国母になろうというお方なのか?」
「我々はあのような狂女に忠誠を誓わなければならなくなるのか?」
兵士たちのそんな呟きを聞いてしまったナタリアの侍女は、悔し涙を流して「ナタリア様が侮辱されました」とイヴァンに訴えた。