最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
宮廷中に広がっていくナタリアへの否定的な評判も、目の前で何度も心をさまよわせローベルトを追い求めようとするナタリアの姿も、イヴァンを苦悩に染めていく。
ナタリアの症状は日を追うごとに悪化し、一日に二度三度と正気を失うことも多くなった。ひどいときには朝目覚めたと同時にローベルトを探し始め、押さえられ暴れたあげく眠りに落ち、目覚めたら再びローベルトを探すということを繰り返して、一日中正気に戻らなかったこともあった。
そして結婚式まであと二週間という日。ついに大きな事件が勃発する。
日も昇らぬ早朝、まだ誰もが寝静まっている宮殿からナタリアがいなくなってしまったのだ。
隣室には女官を控えさせ、廊下にも衛兵を置くなど警戒は十分にしていた。けれどナタリアは二階の自室からバルコニーに出て、なんと下に飛び降りてしまった。雪が一階の半分近い深さまで積もっていたせいで怪我はなかったけれど、音を吸収されたせいで誰も気づくこともできなかったのだ。
もぬけの殻になった部屋が発見されたとき、キュクノス宮殿だけでなく本宮殿であるコシカ宮殿までも騒然となったのは当然である。
報告を受けたイヴァンはシャツとトラウザーズにコートを羽織っただけの姿で、極寒の外へと飛び出した。
夜明け前は一日でもっとも寒い時間である。帽子も襟巻もせず氷点下十度を下回る外へ飛び出せば、たちまち鋭い寒さが痛みになって体を襲う。空気に舞う霜が睫毛や髪にまとわりつき、剥き出しの顔も手もみるみる赤くなっていった。
侍従らが防寒具を持って追ってくるのもかまわず、イヴァンはナタリアの足跡をたどって、宮殿敷地内にある自然公園へと駆けこんだ。