最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
「ナタリア……!」
針葉樹に囲まれた誰もいない小道。暗闇の中にポツリと、ナタリアは立っていた。
華奢なそのうしろ姿を見つけイヴァンは安堵した後、彼女のもとに一目散に駆けていこうとして足を止めた。
ナタリアはただまっすぐ空を見上げていた。空気中の水分が凍って、キラキラと彼女の周りを漂っている。
――『雪姫』。
闇の中で輝く幻想的なナタリアの姿に、思わずその名が頭の中によぎった。
イヴァンは慌てて首を横に振り、忌まわしいその名を振りはらう。
(ナタリアは人間だ。精神が錯乱していようと、今ここにいる。まごうことなき人間で、俺の妻だ)
降り積もった雪を踏みしめて、イヴァンは一歩ずつ近づく。
しかしあと少しで手が届きそうになった瞬間、ナタリアは何もない真っ暗な空に向かって両手を差し伸べた。
「……ローベルト……」
いない婚約者の名を呼んで、ナタリアは手を伸ばす。その虚ろな瞳に、彼女だけにしか見えない誰かを映して。