最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
彼らは見ていた。あの日、真っ赤に腫れたナタリアの手足を湯で温めながら、イヴァンがどんな表情を浮かべていたかを。
イヴァンは、泣けない。
次期皇帝の座を約束された日から、彼は泣くことを禁じられた。強大な国を率いる男が涙を見せるのは、皇帝の、そして軍人としての沽券にかかわるとして。
皇帝は誰より強く気高くあらねばならない。皇帝が苦渋の涙を零すとき、それは国が滅びるときだ。
だからイヴァンは涙を零さない。最愛のナタリアが死んだローベルトを求め雪の中をさまよい歩こうとも。
彼は唇を噛みしめ、眠るナタリアの足を黙々と温め続けた。痛ましく腫れた小さな足をときおり哀れむように優しく撫でて。
ナタリアの心からローベルトへの愛が消えなくとも、ナタリアがどんどん雪姫になっていこうとも、国中にこの結婚を非難されようとも――イヴァンは愛しているのだ。世界でたったひとり、この儚く美しい王女を。
悲しみを胸に閉じ込め献身的にナタリアの世話をするイヴァンを見た者は、誰もがそう思った。切なさのあまり陰でこっそりむせび泣く者もいた。