最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
ようやくソリを停めてもらった少女は逃げ出すように席から立ち上がると、ソリのステップからピョンと飛び降りて雪の上に着地した。
毛皮の帽子から漏れ零れた髪は日差しを受けて金色と銀色にかわるがわる輝き、まるで少女自身が光を纏っているかのように見せる。
「イヴァンは意地悪だわ。いつも私をからかって喜んでいるんだもの」
寒さで赤みのさした白い頬を膨らませ怒ってみせる少女に、少年はソリの御者台から飛び降りるとクククと口の端を持ち上げて笑った。
「意地悪ではないだろう? ちゃんと停めてあげたじゃないか。それにソリに乗ってみたいと言ったのはナタリアだ。だからこうして従僕の手も借りずに俺が用意してやったというのに」
毛皮の裏地がついたマントを風にはためかせて、少年は彫刻のような整った顔を屈託なく破顔させて言った。青い瞳は微かに緑色を帯び、鋭い形の目の中央で活き活きときらめいている。癖のないプラチナ色の髪は、光の加減によって虹色にゆらめいていた。
「乗ってみたいとは言ったけど、走らせてみたいとは言ってないわ。それも全力で」
「わがままだな、ナタリアは。そんなことじゃ将来、夫の手を煩わせる悪い妻になるぞ」
憎まれ口をたたきながらも、少年は少女の乱れてしまっていた襟巻を整えてやる。
少女はそれに口もとをうずめると「……わがままじゃないわ」と唇を尖らせていじけたようにつぶやいた。
そのとき、うしろから雪を踏みしめて歩く足音が聞こえ、少女と少年がそろって振り返る。
「ローベルト!」
子供のようにふてくされていた少女の顔が、一瞬で幸福の笑みに染まった。