カメレオン王子と一人ぼっちの小鳥ちゃん
さっきまでの八夜とは180度違う。
堂々としていて重みがある声。
ナレーションの所は、低い落ち着いた声色で。
会話の部分は
『登場人物がのり移ったのか?』
そう疑いたくなるくらい
臨場感がある読み聞かせを披露している。
「おしまい」
八夜が絵本を読み終えた。
親子100人が集まる客席は、シーンと静まり返っている。
お客さんは間違いない。
絵本の世界に引きずり込まれている状態なんだ。
現実に戻ってくるのに時間がかかっているだけ。
まだ絵本の世界に浸かっていたいという人も
いるのかもしれない。
……俺みたいに。
「えっと、あの……
面白く……なかったですか……?」
足が震えている八夜が、顔面蒼白でつぶやいた。
八夜の問いかけにハッとした観客たちが
一斉に拍手をはじめる。
子供たちも目を輝かしながら、楽しそうに手を叩いている。
気づくと俺の手は
連打の痛みをに気づかないくらい無心で手を叩いていた。
八夜って……
実はすげー奴だ!!
八夜読み聞かせが終わる。
図書館の人がマイクで八夜に問いかけた。
「八夜さんはどうしてこの本を選んだの?」
俺はなぜか、ステージの八夜から目が離せられない。
「えっと……私……
このハチドリみたいになれたらなって……思うんです」
読み聞かせの時とは別人なくらい、声を震わせる八夜。
オドオドと瞳も泳いでいるから、緊張が半端ないのだろう。
「ハチドリって10センチくらいしかない小さな鳥なんですけど……
大きな魚を助けるために一生懸命努力して……
何度も失敗してもめげずにいろんなの方法を探して……
このハチドリは私の憧れなんです。
この本は私が小3の時に亡くなったお父さんが
何度も読んでくれた絵本なんです。
だからたくさんの子供たちに、好きになってもらいたいな。
そう思って……選び……ました……」
いまステージを映しているのは
本当に俺の瞳なんだろうか?
本を抱きしめながら
お客さんに向けて一生懸命に微笑む八夜が
輝いて見えてしまう。
ステージでモジモジしているあどけなさにも
なぜなのか引き込まれる。
まずいかも……
俺、八夜のこと……
気になってしょうがないかも……
今からは図書館の人が絵本を読む番。
八夜はステージで手伝いをするみたい。
俺は感情をコントロールできなくなって
どうしていいかわからなくなって
ざわつく心臓が羞恥心を刺激してくるのに
耐えられなくなって
急いで会場を後にした。