カメレオン王子と一人ぼっちの小鳥ちゃん

 なんで花名くんが……

 私のこと、待っていてくれたの?


 そそそっ、そんなはずない。

 そんなはずないと思うのに、私の心は期待してしまう。

 とりあえず、花名くんにお礼を言わなくちゃ。



「あ……あの……ありがとう……
 花名くんのおかげで……
 最後まで……頑張れました」


「俺のおかげじゃないでしょ」


「え?」


「八夜さんの実力」



 目をゆるやかなアーチ状にして
 王子様スマイルをこぼした花名くん。


「そんなことないよ
 私なんかが読み聞かせなんて
 無理だって思ったし……」


「でもちゃんと一人でステージに立ってた。
 最初から最後まで一人きりで。
 それってすごいことだと思うよ」


 陽だまりみたいな温かみのある声に
 嬉しいと心臓が悲鳴を上げる。


「あっこれ返さなきゃ。
 いまヘアピンを取るね。
 ちょっと待っていて……」


「いい」


「え?」


「返さなくて」


「でもこんなオシャレなピン
 私にはもったいないし……」


「何度も言わせんな!
 そのピン、お前にやるって言ってんの!」


 
 え? 私にくれる?

 それに花名くん、なんでいきなり怒りだしたの?


 教室でたくさんの人に囲まれている花名くんは
 怒るなんて無縁の優しい王子様みたいな人なのに……



「あ~もう、お前には王子キャラ演じるのや~めた」



 ゴツゴツした男らしい手で
 花名くんは前髪をかきあげた。

 吊り上がった目じりが悪っぽくて
 悪魔に乗り移られたんじゃ。

 今まで読んだ童話でそういうのがあったし
 なんて非現実なことを思ってしまうわけで……


「オマエってさ、下の名前は琴梨(ことり)だったよな?」


「はちや……ことり……です」


「名前しか聞いてない」



 絶対に怒ってる。

 余計なことを言ってごめんなさい。



「言いたいこと
 今ここで言わせてもらってもいいか?」


「は……はい」



 花名くんの言いたいことって何だろう。

 怒鳴られそう。

 語尾がきついし。

 声色が荒れっぽいし。


 こういう時はうつむいて。

 怒りの嵐が去るのを、ひたすら待って……



「琴梨さ……オマエすげーな」


 ごめんなさい。

 最低限しか視界に入らないように
 教室でも存在を消していますから……って。



 え?!

 怒られたんじゃなくて、ほめられた?



「絵本を読むまでは
 声は小さいはガタガタ震えているはで
 絶対無理だって思った。
 でもあんな堂々と読み切るんだもんな。
 さすがにビビった」


「そっ……そうかな」


「そうだって!」


 
 かかかっ、肩に手なんか置かないでください。

 こんな目の前で見つめないでください。



「なんか俺、オマエが作り上げた絵本の世界に
 勝手に引きずり込まれてたっていうか。
 初めての感覚で鳥肌もので」


 
 ほんとう? 本心?

 そんな風に感じてくれたなんて
 嬉しくて嬉しくてたまらないよ。


「うわっ、なんかごめん。
 肩に手を置いちゃって」

「ううん、こっちこそ」

「気づくのが遅れた。
 琴梨さ、その両肩にかけているバック重いだろ?」


 へ?


「全然全然。平気だよ。
 いつもこれくらい本を借りて帰るの」


「貸して」


「いいよいいよ。
 自分で持てるから。家まですぐだし。」


「琴梨が良くてもなんか俺が嫌だ。
 目の前の女に、重い荷物持たせて平気なのって」


 急に俺様キャラになった花名くんは
 怖いかなって思った。

 でも全然違った。

 優しいんだね、とっても。


「ありがとう、本当に良いの?」


「ああ」


 私がバックを手渡すと

「琴梨の家まで送ってく」

 花名くんが優しく微笑んだ。



 キュンとわかりやすく飛び跳ねた、私の心臓。

 今の笑顔、教室で見せる王子様スマイルより全然良い!!

 なんて言ったら、どんな顔をするんだろう。



 私はコミュ障だ。

 自分の発言で相手が傷ついたらどうしようと先読みして
 クラスメイトに話しかけられなかったりする。

 でも今は、好奇心が芽生えてしまった。



「私……今の花名くんの方が……
 良いと思う……」


「は?」


「ごめんなさい、気を悪くしたら。
 教室で見る花名くんより
 いま目の前にいる花名くんの方が
 好きだな……と……思って……」



 あれ?

 花名くんは石像のように
 その場に固まっちゃったんだけど。

 なにその反応。

 やっぱり言っちゃいけないことだった?



「ごめんね
 悪口とかそういうんじゃなくて……」



「今の言葉、すっげー嬉しい!」



 ――キュンキュンキュン。


 花名君を見つめたまま
 はじける爆音でうなった私のハート。



 花名くんが向けてくれた笑顔は
 私にはもったいないくらい素敵で
 息が止まりそうになってしまったのでした。

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