If・・・~もしもあの時死んでいたら~
過去
高校一年生の時に、いじめに遭った。
中学で親友だった春川奈々美は、もっと上の高校も狙える実力があったのに、わたしと同じ高校がいいとレベルを下げてくれた。
だから落ちるわけにはいかない。
受験までの数か月、わたしは寝る間も惜しんで猛勉強した。
その甲斐があって、晴れて同じ女子高校に入学する事が出来た。
二人でクラス発表のボードを見に行き、同じクラスだとわかった時には抱き合って喜んだ。
これから楽しい高校生活が始まる。
早く奈々美と一緒に登校したいと、入学式の日を待ちわびた。
まっさらな制服を身にまとい、最寄の駅で待ち合わせをして一緒に高校の門をくぐる。
人見知りなわたしは、彼女が一緒というだけで本当に心強かった。
ところが高校生活に慣れてくると、同じクラスの茶髪の子、中原彩香と親しくするようになった奈々美。
彩香は入学当初から髪を染め、薄く化粧をして来るような子で、わたしや奈々美のような真面目な生徒とは真逆の世界に住んでいるような子だった。
教師からもよく指導を受けていたけれど、モデルのような容姿の彼女から上目使いで許しを請われると-----特に若い男性教師-----見て見ぬ振りをされる。
そんな彼女は、一年生でありながら教師を手玉に取る存在だった。
もしここが女子高ではなく共学だったら、彼女は男子生徒も自分の意のままに転がし、女王様のようにもてはやされたかもしれない。
女子ばかりの環境の中で、彩香のまわりには日を追うごとに取り巻きが出来た。
わたしも最初は奈々美にくっついて彼女のグループにいたけれど、やっぱり馴染めない。
逆に奈々美は、そんな彼女に憧れるかのように髪を茶色く染め、化粧もするようになった。
そして、わたしとは距離を置くようになっていった。
それだけならかまわない。
奈々美と同じようにとまではいかないけれど、少しは話せる友達も出来ていたから。
だけど、彩香から何と言われたかは知らないけれど、事あるごとにわたしに嫌がらせをしてくるようになった。
二学期が始まり、十人くらいになっていた彩香の集団からのいじめは、どんどんエスカレートしていった。
奈々美もその中にいた。
おまけに、一学期の間は普通に話してくれていた友達も、みんなわたしを避けるようになった。
わたしにかかわると、今度は自分がいじめの対象になるのではないかと怯えていたんだと思う。
今思い出しても震えがくるようないじめは、夏が終わり、秋になり、冬が来る頃には暴力に変わっていた。
目に見える場所は決して傷つけない。
彼女達が殴ってくるのは、服を脱がないと見えない部分ばかり。
お風呂に入る時も、決して親に見られないように注意した。
チクッたら殺すとまで脅されたからだ。
並行して陰湿な言葉の暴力も続き、精神が崩壊しそうだった。
……違う。
もう崩壊してたからあんな事をしたんだと思う。
あれは、いじめが始まって半年を過ぎた静かで寒い夜だった。
その日は、両親共に仕事から戻って来るのが遅く、あらかじめその事がわかっていた母は、前の晩からカレーを仕込んでいた。
学校から戻ったわたしはそれを温め直し、保温してあるご飯にかけて食べればいいだけ。
食欲などとうに失っていたわたしは、リビングを通り過ぎ、自分の部屋に入るとそのままベッドに倒れ込んだ。
静かだった。
両親がいる時と違い、リビングからはテレビの音も話し声も聞こえてはこない。
孤独に打ちひしがれていたわたしは、途方もない絶望感に押しつぶされそうになっていた。
いつまで続くんだろう。
耐えていれば、そのうち元に戻るのだろうか。
そんな淡い期待を描く事は無意味だ。
あの人がいる限り、いじめは無くならない。
もう嫌。
もう終わりにしたい。
と、その時枕元に目がいく。
思い出した。
枕の下に、カッターナイフを忍ばせていた事を。
そう。
わたしは、しばらく前から死のうと思っていた。
怖いけれど、いじめの苦しみから解放されるのならそっちの方がどれだけマシか。
その時が来た。
そう思ったわたしは、机の上にあったメモに、
《ごめんね。もう耐えられない》
と記して、左手首に刃先を当て、ぐっと押しながら横に滑らせた。
そのままベッドに仰向けになり目を閉じる。
痛みまでもが心地良く感じられた。
これで辛い事から開放される。
もう苦しまなくていいんだ。
やっとこの地獄から開放される。
徐々に薄れゆく意識の中で、わたしは幸せを感じていた。
とても穏やかだった。
ああ、これでゆっくりと眠れる……
目の先には白い天井があった。
ここは地獄?
自殺したら天国には絶対に行けない。
地獄の、それもずっとずっと下の方で苦しまなくてはいけないはず。
そうだ、忘れていた。
死んだら、何倍も苦しまなくてはいけないと言う事を。
それが怖くて、自殺だけはしちゃいけないと思っていた事を。
理性ではそう思っていた。
だけど、限界を超えたわたしは、それをやってしまったんだ。
その事を思い出した途端、ぼんやりしていた思考回路が一気に繋がった。
これから訪れる試練に、耐えられるのだろうか。
死んでしまったからには、また耐えられずに逃げる事なんて出来ないんだ。
なんて事をしたんだろう。
後悔した。
どうして死んだりしたんだろう。
と、その時、視界の端に両親の顔が現れた。
二人は、良かった良かったと涙を流している。
という事は……
「わたし……死んでないの?」
「そうだよ。良かった。無事で良かった」
その言葉を聞いて広がる安堵感。
それと同時に、再び蘇るいじめへの恐怖。
死んでも地獄。
生きていても地獄。
しばらくして退院したわたしは、母の優しさに包まれて自宅療養を続けた。
母は、わたしが自殺しようとした事で仕事を辞めた。
目を離すと、また馬鹿な事をするんじゃないかと、夜も安心して眠られない様子だった。
わたしの身勝手で、こんなにも家族に迷惑を掛けてしまった。
何と言う親不孝をしてしまったのだろう。
いじめの事実を知った両親は、校長と担任を交えて何度も話し合いをした。
生徒へのアンケートも実施され、いじめがあった事は認められた。
いじめた生徒も反省していて、もう二度とこのような事がないように対処しますと言われたけれど、それで学校に戻る気になるはずなどない。
いじめや虐待には中毒性があると聞いた事がある。
その時は反省したふりをするけど、それに騙され戻ろうものならまた餌食となる。
そういう人達は、何度でも同じ事を繰り返す。
たとえその対象が変わっても。
その後わたしは、通信制の高校に編入した。
始業時間が普通の高校よりも遅く、下校時間も早かったおかげで、通勤通学ラッシュに巻き込まれる事も無く、無事に卒業する事が出来た。
中学で親友だった春川奈々美は、もっと上の高校も狙える実力があったのに、わたしと同じ高校がいいとレベルを下げてくれた。
だから落ちるわけにはいかない。
受験までの数か月、わたしは寝る間も惜しんで猛勉強した。
その甲斐があって、晴れて同じ女子高校に入学する事が出来た。
二人でクラス発表のボードを見に行き、同じクラスだとわかった時には抱き合って喜んだ。
これから楽しい高校生活が始まる。
早く奈々美と一緒に登校したいと、入学式の日を待ちわびた。
まっさらな制服を身にまとい、最寄の駅で待ち合わせをして一緒に高校の門をくぐる。
人見知りなわたしは、彼女が一緒というだけで本当に心強かった。
ところが高校生活に慣れてくると、同じクラスの茶髪の子、中原彩香と親しくするようになった奈々美。
彩香は入学当初から髪を染め、薄く化粧をして来るような子で、わたしや奈々美のような真面目な生徒とは真逆の世界に住んでいるような子だった。
教師からもよく指導を受けていたけれど、モデルのような容姿の彼女から上目使いで許しを請われると-----特に若い男性教師-----見て見ぬ振りをされる。
そんな彼女は、一年生でありながら教師を手玉に取る存在だった。
もしここが女子高ではなく共学だったら、彼女は男子生徒も自分の意のままに転がし、女王様のようにもてはやされたかもしれない。
女子ばかりの環境の中で、彩香のまわりには日を追うごとに取り巻きが出来た。
わたしも最初は奈々美にくっついて彼女のグループにいたけれど、やっぱり馴染めない。
逆に奈々美は、そんな彼女に憧れるかのように髪を茶色く染め、化粧もするようになった。
そして、わたしとは距離を置くようになっていった。
それだけならかまわない。
奈々美と同じようにとまではいかないけれど、少しは話せる友達も出来ていたから。
だけど、彩香から何と言われたかは知らないけれど、事あるごとにわたしに嫌がらせをしてくるようになった。
二学期が始まり、十人くらいになっていた彩香の集団からのいじめは、どんどんエスカレートしていった。
奈々美もその中にいた。
おまけに、一学期の間は普通に話してくれていた友達も、みんなわたしを避けるようになった。
わたしにかかわると、今度は自分がいじめの対象になるのではないかと怯えていたんだと思う。
今思い出しても震えがくるようないじめは、夏が終わり、秋になり、冬が来る頃には暴力に変わっていた。
目に見える場所は決して傷つけない。
彼女達が殴ってくるのは、服を脱がないと見えない部分ばかり。
お風呂に入る時も、決して親に見られないように注意した。
チクッたら殺すとまで脅されたからだ。
並行して陰湿な言葉の暴力も続き、精神が崩壊しそうだった。
……違う。
もう崩壊してたからあんな事をしたんだと思う。
あれは、いじめが始まって半年を過ぎた静かで寒い夜だった。
その日は、両親共に仕事から戻って来るのが遅く、あらかじめその事がわかっていた母は、前の晩からカレーを仕込んでいた。
学校から戻ったわたしはそれを温め直し、保温してあるご飯にかけて食べればいいだけ。
食欲などとうに失っていたわたしは、リビングを通り過ぎ、自分の部屋に入るとそのままベッドに倒れ込んだ。
静かだった。
両親がいる時と違い、リビングからはテレビの音も話し声も聞こえてはこない。
孤独に打ちひしがれていたわたしは、途方もない絶望感に押しつぶされそうになっていた。
いつまで続くんだろう。
耐えていれば、そのうち元に戻るのだろうか。
そんな淡い期待を描く事は無意味だ。
あの人がいる限り、いじめは無くならない。
もう嫌。
もう終わりにしたい。
と、その時枕元に目がいく。
思い出した。
枕の下に、カッターナイフを忍ばせていた事を。
そう。
わたしは、しばらく前から死のうと思っていた。
怖いけれど、いじめの苦しみから解放されるのならそっちの方がどれだけマシか。
その時が来た。
そう思ったわたしは、机の上にあったメモに、
《ごめんね。もう耐えられない》
と記して、左手首に刃先を当て、ぐっと押しながら横に滑らせた。
そのままベッドに仰向けになり目を閉じる。
痛みまでもが心地良く感じられた。
これで辛い事から開放される。
もう苦しまなくていいんだ。
やっとこの地獄から開放される。
徐々に薄れゆく意識の中で、わたしは幸せを感じていた。
とても穏やかだった。
ああ、これでゆっくりと眠れる……
目の先には白い天井があった。
ここは地獄?
自殺したら天国には絶対に行けない。
地獄の、それもずっとずっと下の方で苦しまなくてはいけないはず。
そうだ、忘れていた。
死んだら、何倍も苦しまなくてはいけないと言う事を。
それが怖くて、自殺だけはしちゃいけないと思っていた事を。
理性ではそう思っていた。
だけど、限界を超えたわたしは、それをやってしまったんだ。
その事を思い出した途端、ぼんやりしていた思考回路が一気に繋がった。
これから訪れる試練に、耐えられるのだろうか。
死んでしまったからには、また耐えられずに逃げる事なんて出来ないんだ。
なんて事をしたんだろう。
後悔した。
どうして死んだりしたんだろう。
と、その時、視界の端に両親の顔が現れた。
二人は、良かった良かったと涙を流している。
という事は……
「わたし……死んでないの?」
「そうだよ。良かった。無事で良かった」
その言葉を聞いて広がる安堵感。
それと同時に、再び蘇るいじめへの恐怖。
死んでも地獄。
生きていても地獄。
しばらくして退院したわたしは、母の優しさに包まれて自宅療養を続けた。
母は、わたしが自殺しようとした事で仕事を辞めた。
目を離すと、また馬鹿な事をするんじゃないかと、夜も安心して眠られない様子だった。
わたしの身勝手で、こんなにも家族に迷惑を掛けてしまった。
何と言う親不孝をしてしまったのだろう。
いじめの事実を知った両親は、校長と担任を交えて何度も話し合いをした。
生徒へのアンケートも実施され、いじめがあった事は認められた。
いじめた生徒も反省していて、もう二度とこのような事がないように対処しますと言われたけれど、それで学校に戻る気になるはずなどない。
いじめや虐待には中毒性があると聞いた事がある。
その時は反省したふりをするけど、それに騙され戻ろうものならまた餌食となる。
そういう人達は、何度でも同じ事を繰り返す。
たとえその対象が変わっても。
その後わたしは、通信制の高校に編入した。
始業時間が普通の高校よりも遅く、下校時間も早かったおかげで、通勤通学ラッシュに巻き込まれる事も無く、無事に卒業する事が出来た。
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