If・・・~もしもあの時死んでいたら~

めぐみへの告白

 月曜日。
 いつものように迎えに来てくれた彼の車で出勤する。
 
「来週から総務に派遣社員が来るんだ」
「そうなの?」
「来月、桜井さんが産休に入るから、その代わりの人」
「って事は、一年限定の派遣?」
「そうなるだろうね」
「派遣で働くのって大変そう。一つの会社に必要無くなったら違う所に行かされちゃうんでしょ?」
「ああ。でも、正社員の仕事に就くのも大変だろ。とりあえず何でもいいから働かないと、飯食っていけないしな」
「うん……」
「働きが良ければ、そのまま何年も勤められる場合もあるしね」
「そっか」

 わたしは何も資格を持っていない。
 パソコンは、会社で端末を扱うのは覚えてしまえば出来るようになったけど、エクセルの計算式なんか、チンプンカンプン。
 今の仕事では使わないからいいようなものだけど、もし職を失ったら、再就職は厳しいだろう。
 だから、何としても今の会社で頑張るしかないんだ。
 
 駐車場で車を降り、一階で止まったエレベーター。
 扉が開くとそこにめぐみが立っていた。
 
「おはよう、めぐみ」
「おはよう。あ~また二人でご出勤? いいわね、仲が良くて」
「あれっ? めぐみちゃん髪切った?」

 えっ?
 ああ、そう言えば。
 純平さん、良く気づいたね。

「わかります? 夏は短くないと暑くて」
「五センチくらい切ったよね?」
「はい。ピッタリ五センチです」

 めぐみは気づいてもらえた事にテンションが上がっていた。
 
 そろそろ、めぐみに傷の事、話さないとね。
 しばらく前から決めていた。
 めぐみに話す時が来たって。
 こうして純平さんと楽しく会話している彼女を見たら、きっと大丈夫だと思う。
 不安が無いとは言い切れないけど、めぐみだったら大丈夫。

 更衣室で聞いてみた。
 近いうちにめぐみの家にお邪魔したいんだけどって。
 彼女もわたしが話がある事を感じ取ってくれた様子で、今晩空いてるよって言ってくれた。
 という事で、一緒に買い物をした後で彼女の家に向かった。

「足りるかな~?」
「めぐみ、どんだけ食べるつもりよ」
「わたし、夜は大食いなのよ。てか、昼もだけど」
「そうね。めぐみって痩せてるのに良く食べるよね。しかもいつも美味しそうに食べるよね」
「まだ若いですからね、代謝も良いのよ」
「そうね。わたし達まだ十代だもんね」
「そうそう。もうすぐ二十歳だなんて信じられない」

 子どもの頃は二十歳って凄く大人な気がしてた。
 こうやって一歳ずつ年を積み重ねて来たら、自然と大人の仲間入りが出来るもんなんだね。
 ここまで来る間に、わたしなりにいろんな経験をして来た。
 つい最近まで辛い事の方が際立って、楽しい思い出は鍵を掛けたドアの向こうに追いやられていたけれど、その鍵を開けてくれたのは、ここにいるめぐみや純平さんなのよね。

「それじゃ、まず乾杯」

 缶を開けるとプシュっという音がしてノンアルコールビールの泡が出て来た。
 わたし達って真面目。
 記憶喪失になって以来-----純平さんにお姫様抱っこされた日-----飲酒は控えている。
 未成年だから当たり前だけど。
 でもせめて味だけでも……と、ノンアルに手が伸びた。

「お疲れさ~ん」

 冷えたビールもどきが喉にしみる。
 不思議なもので、ビールの味がするだけで、酔った気分になれるんだよね。

「はい、つまみ」
「枝豆とビールって、わたし達はおやじか?」
「かもしれない。ビールじゃないけど」
「さっき若いって言ってたのにね」
「そうでした……」

 部屋に笑い声が響く。

「それにしても、めぐみの部屋って綺麗ね」
「いつ男が来てもいいようにね」
「えっ?」
「な~んて、うそよ。昔から散らかっているのが嫌いなだけ」
「一人暮らしって、高校を卒業してから始めたの?」
「そう。ほら、うちって兄弟多いじゃない」
「五人って言ってたっけ?」
「そう。だから、いつも散らかった家にいて発狂しそうだったのよ」
「ずっとそう言う環境で育ったら、それが当たり前になるんじゃないの?」
「普通はそう思うでしょ。それがさぁ、わたしって妙なところでこだわりがあるっていうの? なんか、物が溢れているとぶち壊したくなる衝動に駆られるのよね」
「こわっ」
「まあ、実際は心の中で叫んでいただけなんだけどね。で、兄貴二人も働き出したら家から出て行っちゃったからさ、上から三番目のわたしもそれに習って一人暮らしを始めたってわけ。これが、すごく良くてさ。も~最高!」
「そうなんだ」

 本人には言えないけど、会社じゃずぼらな面もあって、とてもこんなに片付いてる家に住んでいるとは思っていなかった。
 人ってわからないもんだね。

 しばらくそんなめぐみの話を聞いた後、わたしは今日の本題に入った。

「あのさ、前に言ってたじゃない。どうしていつも長袖なのかって」
「うん……」
「真実を知ったら、めぐみがわたしから離れて行くんじゃないかと怖くて言えなかったんだ」
「あ、もしかしてやっぱり刺青が?」
「違うよ」
「冗談よ」

 真剣な顔で次の言葉を待ってくれるめぐみ。
 わたしは、ブラウスの袖をめくって手首を見せた。

「……これって、もしかして」
「リストカットの跡」
「……」
「わたしね……」

 高校生の時に受けたいじめの話をした。
 言葉にするだけで鼓動が速くなり、油断するとパニックになりそうだったけど必死に抑えた。
 純平さんの顔を思い浮かべると、大丈夫、きっと大丈夫って気持ちになれた。

「そっか、そんな過去があったんだね。ごめん、全然知らなかったよ」
「……」
「だけど、その女達、腹立つよね。特に親友の子、何で大切な友達を裏切る事が出来るんだろう」
「うん、わたしもそれが一番辛かった」
「もし会ったら、往復ビンタ百回じゃ足りないくらいだよ」
「純平さんも言ってた。殴ってやりたいって」
「清美、わたしは絶対味方だからね。何があろうとあなたを裏切ったりしない」
「めぐみ……」
「ありがとね。辛い事、話してくれて」

 めぐみに抱きついた。
 彼女もぎゅっと抱きしめてくれる。
 良かった。
 めぐみから嫌われなくて良かった。

「……じゃ、仕切りなおして食べますか」

 わたし達は、買って来たお弁当の蓋を取った。

「めぐみ、お弁当食べて、パンも食べるの?」
「そうよ」
「凄い食欲」

 彼女が手にしていたのは、メンズ向けの大きな弁当だった。
 それプラス、惣菜パンと菓子パン。
 それからデザートの生クリームたっぷりのクレープが一つ。
 これだけ食べて太らないから不思議。

「清美、お弁当一つで足りるの?」
「十分よ」

 九時頃駅まで送ってもらい、わたしは家に帰った。
 帰ってすぐ純平さんに報告した。
 めぐみの事を話すと、やっぱり言った通りだっただろって返事が来た。

 心穏やかな安堵感。
 心配事が一つ減ってほっとした。

 会社でいつも通り仕事をこなし、純平さん、めぐみとお昼を食べ、純平さんに送ってもらって家に帰る。
 週末の三日間はいつもと変わらず彼と一緒。
 そんな日々を過ごして、また新しい一週間が始まった。 
< 10 / 35 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop