If・・・~もしもあの時死んでいたら~

めぐみの誕生会

 福岡に戻って一ヶ月。
 わたしが純平と呼び出してから、彼のかわいさを発見し、安田さんが純平と呼ぶのにも反応するようになった事がきっかけで、社内では安田さんに言い寄る男性が増えた。
 それまであまり笑顔を見せなかった安田さんの笑顔に参ってしまった男性が、次々とデートの申し込みをしている。
 当の安田さんもまんざらではない様子で、今日は誰々とデートなのと、美しさにも磨きをかけて、夜の街に繰り出して行く姿を目にするようになった。

「安田、この頃楽しそうだな」
「そうね」
「あいつに代わる、恋人が出来ればいいんだが」
 
 純平が言うあいつとは、安田さんの元恋人の事。
 好きだった人を突然失う悲しみ。
 過去にわたしはそれを大切な家族にさせてしまうところだった。
 めぐみという親友に出会い、純平という恋人も出来た。
 そして、一度は疎遠になった親友の奈々美ともまた出会う事が出来、今はとても幸せな日々を送る事が出来ている。
 だから、安田さんにも同じように幸せになってもらいたい。
 安田さんだけじゃない。
 シングルマザーとして頑張っている奈々美にも、幸せになって欲しい。

「何か食べて帰ろうか?」
「そうね」
 
 週末の三日間、金曜日の夜から日曜日の夕方にかけて、純平のマンションで暮らすのが当たり前になっていた。
 最近両親は、まだ結婚しないのか?
 結婚を前提に同棲してみたら?
 とまで言うようになった。
 その事を純平に話したんだけど、週末の三日間一緒にいるんだからそれで十分。
 他の日は、親孝行しておいでと言って、同棲の話は却下された。
 もちろん、結婚の話もまだ出ていない。
 毎日が充実していて、もうずっと純平と一緒にいる気がしてたけど、考えてみたらまだ四ヶ月しか経っていないんだよね。
 わたしの気持ちが先行しちゃってたけど、純平はまだゆっくりお付き合いしたいんだと思う。
 車に乗り込み、金曜日の夜の街を走り出す。

「最近、寒くなって来たな」
「十一月だもん」
「来月はクリスマスか」
「そうだね。そうこうしてたらすぐにお正月。そして何日かしたら純平の誕生日だね。三十歳の」
「それ、言わなくていいから」

 ちょっぴりムッとした純平。
 二十代と三十代の差は大きいのかな?

「あの店、入ろう」

 彼の視線をたどると、そこにはハンバーグ屋さんがあった。

「あの店、わたし大好きよ」

 チェーン店で全国展開しているその店のハンバーグは、肉汁たっぷりでとても柔らかい。
 味も美味しくて、ライスの量やハンバーグの大きさまで選べるのが嬉しい。
 店内の装飾も独特で、席もゆったりしているのでゆっくり過ごせる。

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」

 店員さんの案内で、禁煙席のフロアに案内された。
 純平はタバコは吸わない。
 だから、スーツに纏わりつくタバコの匂いというのも無くて嬉しい。

「何にする?」
「そうね……」

 メニュー表とにらめっこしながら、わたしは、ハンバーグとライスが一緒になったプレートを、純平は、ハンバーグとサイコロステーキが一緒に乗ってるやつとライスの大盛りを注文した。
 がっちりとした体つきなので、食事の量は多い方だと思う。
 わたしがあまり食べないので、もっと食べたらといつも言われる。
 別にダイエットしてるわけではないんだけど、昔から少食なんだよね。

「そうだ、今日林田から電話あったよ」
「そうなの?」
「ああ。美咲ちゃんと付き合い出したらしいよ」
「本当? 良かった」
「俺も安心した」
「えっ?」
「いや、別に」

 純平は知らない。
 わたしが林田くんから告白された事を。
 だけど、彼に好きな人が出来た事で、安心出来る気持ちはわかる。 

 食事を終え、マンションに戻る。
 夏の間生ぬるかった海風も、今はじっとしていたら震えがくるほど冷たくなっていた。
 
「ワインでも飲む?」
「頂こうかな」

 誕生日が過ぎて、もう何の罪悪感も無くアルコールを口に出来るようになった。
 そのせいで飲酒の量が増えて、飲む度に強くなっていく自分が怖かったりもするんだけど、その点は純平がきちんと管理してくれているから安心して飲める。

「それじゃ、乾杯」
「乾杯」

 チーズを食べながらワインを飲む。
 美味しい。
 ビールとか酎ハイのように量を飲まなくてもワインは酔える。
 アルコール度数が高いというのもあるけど、雰囲気に酔いしれるというのもある。

「美味しい」
「そう言えば、めぐみちゃんってまだ誕生日来て無いの?」
「うん。めぐみの誕生日は来月よ」
「何日?」
「十二月二日」
「そうか。もう少しか。なあ、めぐみちゃんが二十歳になったら、三人で飲みに行こうか」
「いいわね。あ、だけどあの子、酒癖悪いかもよ?」
「知ってる。未成年で飲んだくれて意識飛んでるの見たからね」
「そんな事もあったね」

 いやはや、お恥ずかしい。
 あの時はわたしも同罪です。

「だけど今度は大丈夫。俺がそんなになるまで飲ませないよ。清美にもね」
「宜しくお願いします。そうだ。奈々美も誘っていいかな? あの子はもう二十歳になってるから」
「いいけど、まどかちゃんは?」
「うちのお母さんに預かってもらうのはどうかな?」
「それ、いいね。まどかちゃんが生まれてから、奈々美ちゃんも飲みに行ったりとか出来なかっただろうしね。よし、決まり。場所は俺が予約しとくよ。二人には清美から話しといて」
「わかった」

「清美、本当にいいの?」

 奈々美はまどかちゃんを置いて出かけるなど、考えた事も無かったようだ。
 両親に預けられるのであれば、数時間面倒をみてもらってという息抜きも出来たかもしれない。
 だけど、誰にも頼れず、たった一人でまどかちゃんを育てていかなければいけないんだ。
 保育園以外で、子どもと離れる事などあってはいけないと思っていたようだ。

「うん。うちの母、子どもの面倒見るの大好きだから大丈夫。安心して任せて」
「でも、わたし合わせる顔が無いよ。清美を傷つけたんだよ?」
「もうその話は無し。お母さんにもちゃんと話してるから。中学の時、よく遊びに来てたでしょ。あの時の奈々美でいいんだから」

 わたしがいくらそう言っても、やっぱり昔には戻れないのはわかっている。
 だけど、時間は流れてる。
 生きている限り、止まる事は無いんだもの。
 だったら、楽しく生きようと決めたの。
 せっかくもらった命だもん。
 神様が試練を課しても、わたしはもう大丈夫。
 絶対負けない。

「ただいま。お母さん、奈々美連れて来たよ」
「あらあら、いらっしゃい。まあ、綺麗になって」
「おばさん、本当にごめんなさい」
「謝らないで。まぁ、その子がまどかちゃんね」

 奈々美の腕に抱かれたまどかちゃんを見た途端、母は満面の笑みでその胸に抱き上げた。

「まどかちゃん、いらっしゃい。まぁ、何てかわいいのかしら」

 初めきょとんとしていたまどかちゃんも、すぐに母に慣れてしまった。

「二人とも、上がってお茶でも飲んだら?」
「このまま行くわ。駐車場で、純平が待ってるから」
「そう?」
「それじゃ奈々美、行こうか」
「うん。おばさん、まどかをお願いします」
「はい」
 
 駐車場の端で、純平が待っていた。

「お待たせ」
「まどかちゃん、泣かなかった?」
「全然泣かなかったよ」
「それは良かった」
「それじゃ、次はめぐみのところね」

 次に向かうのはめぐみの家。
 純平は手馴れた様子で車を走らせる。

 めぐみは、家の前に立って待っていた。
 
「お待たせ。さっ、乗って」
「はい」

 女三人集まると、やはり車内が賑やかになる。
 さすがの純平も、ガールズトークには容易には割り込めないらしく、黙って運転を続けていた。

「でさ、林田くんったら、彼女の話ばっかりするのよ」
「いいじゃん、聞いてくれるのめぐみだけなんだよ。あっち、他に若い人いないし」
「でもさ、何かヤダ。あーあ、わたしも早く彼氏出来ないかな~」

 そうだよね。
 人ののろけ話ばっかり聞いてたら、彼氏欲しくなるよね。

「椎名さん、誰か紹介して下さいよ」
「俺? う~ん、独身の友達まだけっこういるけど、みんな三十路だもんな」
「それは却下。わたし、若い子が好きなんです」
「めぐみちゃん、それって俺がおじさんだって言ってる?」
「あ、失礼しました。椎名さんは別です。見た目も若いし、清美の彼氏だし」
「何か釈然としないな」
「純平、気にしない気にしない」

 彼が予約してくれた店は、お洒落な所だった。
 メニューは居酒屋にあるようなリーズナブルな物なんだけど、全部が個室、又は半個室になっていて、居酒屋のような騒がしさはあまり無い。

「めぐみちゃん、二十歳の誕生日おめでとう!」

 純平の音頭で、めぐみの誕生会が始まった。

「ありがとう! みんなにお祝いしてもらえるなんて幸せよ」 
「めぐみちゃん、飛ばし過ぎ!」

 見ると、グラスに注がれたビールが、あっという間に無くなっていた。

「だって、もう堂々と飲めるんですもの」
「前、どうなったか忘れたの? 今度意識不明になっても、その辺に置いて帰るからね!」
「清美、そんな事言わないでよ。大丈夫。椎名さんが見捨てるはず無いから」
「さあ、どうかな?」
「え~」
「冗談だよ。ちゃんと送るけど、程々にね。ほら、料理も食べて」
「は~い」

 ったく、めぐみはお酒好きなんだから。

「あれっ? 奈々美、お酒進んで無いわよ?」
「わたしアルコールに弱いのよ」
「そうなの?」
「見かけによらないって思ったでしょ?」
「うん、ちょっと」
「そうなのよね。飲めそうに見えて飲めないんだな、これが」
「奈々美ちゃんは、育児もあるからね」
「それもありますけど、本当にわたし、飲めないんですよ」
「そっか。それじゃ二人でノンアルコールで盛り上がろうか」
「それって、盛り上がれます?」
「上がれるよ。何事も、気持ち次第だ」
「そうかもしれませんね。椎名さんが言うと、本当にそんな気がしてきました。よし、それじゃ盛り上がっちゃおう」
「よっ、その調子!」

 何よ。
 お洒落な雰囲気に全然合ってないんですけど?
 それからわたし達は、そこが個室である事をいい事に、目一杯盛り上がった。

「純平、今日は本当にありがとう!」
「めぐみちゃんまで、純平って呼び捨てするな!」

 あらら。
 やっぱりめぐみ、酔っ払っちゃったよ。

 わたし達は、まず母に預けていたまどかちゃんを迎えに行き、次にめぐみを送りに行った。
 まどかちゃんは、奈々美の腕の中でスヤスヤと眠っている。

「ほらめぐみ、うちに着いたよ」
「うん? もう着いたの? まだ帰りたくない」
「そんな事言わないの。ほら、部屋まで送って行くから降りて」
「うん……」
「純平、めぐみを送って来るから、ここで待ってて」
「わかった」

 よろけるめぐみに肩を貸し部屋に連れて行く。

「ほら、しっかり歩きなさい」
「眠いよ~」
「帰ったらすぐ寝ていいから。ほら、歩いて」

 まったく手が掛かるんだから。
 前に純平が運んでくれた時は、もっとひどかったんだろうね。
 今更ながら、恥ずかしくなった。

「ほら、着いたよ。服脱がしてあげようか?」
「うん。お願い」

 ベッドの片隅にたたんだパジャマが置いてあった。
 わたしはめぐみの服を脱がせると、そのパジャマを着せてベッドに押し込んだ。

「よし。それじゃわたし帰るからね」
「ありがとー」
「鍵は玄関のドアポケットに落としとくから」
「うん……」

 本当にわかってるのかな?
 まあいいや。
 あとでメールしとくよ。

 しっかりと戸締りをし、鍵を落とす。
 カタンと言って、ポケットの底の部分に当たるのがわかった。

「これでよし」

 純平と奈々美が待つ車の所に走って行く。
 うん?
 誰かしら……

 車の外には、純平、まどかちゃんを抱いたままの奈々美、そして見知らぬカップルの姿があった。
 さっきまでぐっすり眠っていたまどかちゃんが、今は目をぱちくりさせていた。
 近づいてみると、男も女も派手な感じの人達だった。

「奈々美、久しぶりだな」
「……」
「結婚したんだ……」

 どうやら男は、奈々美の横に立っている純平を、彼女の旦那さんだと思ったみたいだ。
 それを訂正しようと近づいて行くと、隣にいた女が怒り出した。

「ちょっとあきら、あんたこの女と浮気してたんでしょ!」
「そんな事しねーよ。ただの友達だよ」
「待って。この赤ちゃん、あんたに似てない?」
「なわけ、無いだろ! 何バカな事言ってるんだよお前」

 もしかして、この男がまどかちゃんのパパ?

「パパ」

 えっ?
 今、まどかちゃん、パパって言った?

「ほらやっぱり。今この子、あんたの事パパって言ったじゃない。信じられない。子どもまでいたなんて」
「だから違うって言ってるだろ!」
「最低。わたし帰る!」
「ちょっと待てよ。くそっ」

 さっさと行ってしまった女に悪態をつく男。
 奈々美はその様子を固まったまま見ていた。

「奈々美、わりーな。あいつ嫉妬深くてさ」
「あんた、何にも変わってないんだね」
「あの時は悪かったよ。お前を置いて逃げたりして。その子、俺の子……なんだよな?」
「違う。この子はこの人とわたしの子よ」

 えっ?
 奈々美?

「パパ」

 今度はまどかちゃんが、純平に向かってパパと言った。
 純平は、とても自然にまどかちゃんを抱っこする。
 胸がズキンとした。

「だよな。俺の子じゃないよな。でもあの時妊娠してた子は?」
「あの子は残念ながら生まれて来なかったわ」
「そうか。で、その後またすぐに、この男との間に子どもが出来たってわけか」

 男がニヤついている。
 奈々美の事、軽い女だと思っているのが許せなかった。
 彼女の人生を狂わせといて、本当はあんたの子なのに、そうと認めたく無い彼女の気持ちがよくわかる。
 
 バシッ!

「痛てっ、何するんだよ」
「奈々美の代わりに叩いたのよ。大切な友達の人生を狂わせておいて、あんた何様? もう二度と彼女の前に現れないで」
「ああ、頼まれたって会うもんか。それじゃ、お幸せに」

 そう言うと、男は大股で去って行った。

「清美、ごめん!」

 奈々美が深々と頭を下げている。

「それから椎名さんもすみません。勝手に旦那さんにしてしまって」
「気にする事は無いよ。だけど、本当にいいのか?」
「はい。あの人とはこれで縁が切れました。清美、わたしの代わりにあいつを叩いてくれてありがとね。すっきりしたよ」
「わたし、あれだけじゃ気が済まないんだけど」
「清美?」
「パーじゃなくて、グーで殴れば良かった」
「おいおい、清美お前も酔ってるだろう?」

 酔ってなんか無いよ。
 酔ってたらどうなってただろうね。
 わたし、あいつに乗っかって、殴り続けてたかもしれない。

「パパ」
「まどかちゃん、かわいいね~。俺はパパじゃないけど、これからもまどかちゃんとママの力になるからね」
「椎名さん……」
「奈々美、わたしもよ。だから、いつでもわたし達を頼ってね」
「ありがとう」
「それじゃ、帰ろうか」
「うん」
「まどかちゃん、すっかりパパって言葉を覚えたね。だけどあの時、純平をパパって言ったのは絶妙なタイミングだった。わたし、びっくりしちゃった。天才子役かと思っちゃった」
「それいいわね。芸能事務所に入れようかしら」
「いいんじゃない? まどかちゃんかわいいから」

 奈々美をアパートの前で降ろす。
 彼女は、吹っ切れたみたいに明るく帰って行った。
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