If・・・~もしもあの時死んでいたら~

お義母さんに会いに

 こうしてクリスマスの十二月二十五日、お昼から彼のお母さんが暮らしている施設へと向かった。
 施設は、純平のマンションから車で十分ほどの高台にあった。
 森に囲まれたそこは自然豊かで、時間までもがゆっくりと流れている感じだった。
 逆に言えば、世間から隔離された場所。
 この施設に関係の無い人達は通らないような立地でもある。
 そうは言っても、駐車場にはたくさんの車が停まっているし、玄関周りには車椅子に乗ったお年寄り、その後ろを押しながら歩く職員の姿もある。
 その表情はにこやかで、ここが住み易い施設なんだろうなという事が伺えた。

「行こうか」
「うん」

 自動ドアから中に入ると、広いホールがあった。
 その一角に受付があり、純平は慣れた様子で受付を済ませる。

「あら、純平君、彼女と一緒なの?」

 受付のお姉さんが、純平と私を交互に見ている。

「はい。今度結婚するんで、母に紹介しようと思って」
「まあ、それはおめでとう。素敵な方を見つけたじゃない。お母様もきっとお喜びになるわよ。晴子さんね、昨日から調子が良くてね、今だったら話が出来るはずよ」
「そうですか。良かった。それじゃ、部屋に行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 その人に見送られ、ホールの中心にあるガラス張りのエレベータに乗った。
 と言ってもここは三階までしか無い。
 純平はその二階のボタンを押した。

「二階なのね」
「ああ。二階の一番奥」

 乗ってすぐに扉が開き、わたし達は二階の廊下を歩いて行く。
 純平に聞いた、お母さんが好きだと言うゼリーの詰め合わせを持って。

 部屋の壁に、椎名晴子というネームプレートがあった。
 やっぱり少し緊張する。
 
 トントン

 中から声は聞こえなかったけど、純平はそのまま扉を開いて中に入って行った。
 その背中をわたしも追う。

「母さん」
「あら、純平」
「調子良さそうだね」
「ええ、とっても。あらっ? お客さん?」

 お母さんの視線がわたしに移された。
 その顔は変わる事無く笑顔のままだ。

「母さん紹介するよ。小田清美さん。同じ会社で働いてる」
「小田清美です。初めまして」
「清美さん? 素敵なお名前ね。……で、純平がこうして連れて来るって事は……」
「母さん、察しがいいね。俺、清美と結婚しようと思ってる」
「まぁ素敵。おめでとう」
「ありがとう、母さん」
「母さん嬉しいわ。わたしが純平のお世話が出来ないから、一人で大丈夫か心配だったのよ。ありがとう清美さん、息子を好きになってくれて」
 
 泣きそうになった。
 わたしの方がお礼を言いたい。
 こんな素敵な息子さんから愛して貰えて、わたしはとても幸せですって。

「それで、お式はいつするの? お母さん、外出させて貰えるかしら……」
「出てくれるの?」
「もちろんよ。楽しみだわ……」

 それから少しお話しさせて貰ったけど、認知症だとはとても思えない受け答えでびっくりした。
 日によってバラつきがあるらしいけど、今日みたいな日が少しでも多くあるといいなと思った。

 それから、夕方わたしの家に上がりこんだ純平が、両親に清美さんと結婚させて下さいと頭を下げた。
 この時間だけの為に、わざわざスーツに着替えた彼が大人びて見える。
 会社で見るスーツ姿より一段とカッコ良くてキュンとした。
 わたしの両親も快諾。
 

 二十代の内に結婚したいとわがままを言う純平の希望を叶える形で、一月一日、元旦の朝に区役所に婚姻届を提出した。
 式は、わたしの両親と、彼のお母さんだけに同席して貰う事にした。
 純平のお母さんがその日の体調次第では式に参加出来ても息子の結婚式だと認識出来ない可能性がある為、出来るだけ疲れないように、そして様子をつぶさに見られるようにと他の人は呼ばない事にした。
 彼の弟夫婦も、海外からわざわざ戻って来て貰うのも気の毒な気がして、結婚の報告だけして次に日本に帰って来た時に会いましょうという事になった。

「お義母さんの雑煮、旨かった」
「でしょ? わたしも来年は自分で作らなきゃね」
「いいんじゃない? また食べに行けば」
「それもそうね。じゃ、そうする」

 大晦日、わたしの家で両親と純平の四人で最後の夜を過ごし、新年の挨拶を済ませると家を出た。
 そのまま、新居である純平のマンションに向かう。
 荷物の大半は実家に残し、紙袋二つに当面必要な衣類や雑貨を詰め込んだだけの引越しだ。
 婚姻届を出しに行ったのは、マンションに行く前。
 元旦の朝、実家を出る時は小田清美だったのに、純平のマンションに入る時にはもう椎名清美。
 何だか不思議な気持ちだった。

「何か、ドキドキするな」
「えっ?」
「四日の新年会で、結婚報告したら、みんな驚くよな?」
「うん。純平がその時まで内緒って言うから、わたしも誰にも言って無いよ」

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