If・・・~もしもあの時死んでいたら~
新入社員現る
一月二十日。
純平の誕生日。
急いで仕事を終わらせ、ケーキを買って先に帰る。
食事は、彼が好きなハンバーグとポテトサラダ。
それからエビフライもからりと上手く揚がった。
ご飯は、キーマカレー。
お子様ランチのように丸く盛り付けた。
「ただいま」
「お帰り」
「うん? 今日はカレー?」
キーマカレーのにおいが、リビングに入って来た彼の鼻を刺激したらしい。
手を洗い、戻って来た彼がキーマカレーの山を見てにやりと笑った。
「うまそうじゃん」
「でしょー。ちょっと待ってね、ケーキ持って来るから」
箱ごと冷蔵庫に入れていたケーキを持って来る。
テーブルの上に出して、ろうそくを立てた。
大きいろうそく三本と、小さいろうそく一本。
それに火を灯し、部屋の明かりを消した。
「純平、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「それじゃ、消して」
ふーーーっ。
勢いよく一息で真っ暗になった。
「電気、電気」
部屋の電気が点くと、目の奥がズキンとした。
「それじゃ、頂きますか」
「どうぞ」
「頂きまーす」
純平が美味しそうに食べてくれる。
彼の幸せそうな顔を見ると、作った甲斐があり、わたしまで嬉しくなる。
「帰ってからよくこれだけ作れたね」
「材料は昨日買っておいたからね。でも結構バタバタだったよ」
「そうなんだね。清美、ありがとな」
「ううん」
二月も終わりに近づき、仕事が忙しくなって来た。
わが社は、三月、七月、十一月が特に忙しく、二月の終盤から慣らし運転のような感じで徐々に忙しさを増していく。
毎年の事で慣れてはいたけど、それでも今年はいつも以上に忙しくなる予感がした。
そんな中、奈々美が二人目を妊娠した。
まどかちゃんの時も一人で苦しんだみたいだけど、つわりがひどい体質のようで、急遽今月末で退社する事になった。
来月から奈々美の代わりの派遣社員が来るらしい。
一緒に働けなくなるのは寂しいけど、今度もまた元気で可愛い赤ちゃんを産んでね。
「清美、めぐみ、急に辞める事になってごめんね」
「気にしないで。それより、本当に辛そうだね」
ランチの時も何も食べずにわたしとめぐみが食べているのを見ている奈々美。
仕事中に、体調を見ながらちょこちょこと小さなおにぎりやスープを口にしているらしい。
あまり食事が摂れないせいか、以前より確実に痩せてきた。
「まどかの時以上に辛いかも」
「そうなの?」
「あの子の時は、頼る人もいなかったし、自分が働かないとどうしようもなかったから気力で乗り切れたのかもしれないけど、パパがいると弱くなっちゃうね」
「頼ればいいのよ」
「そうよ。いっぱい頼っちゃいなさいよ」
「わかった。そうする」
二月になった。
予定通り総務に奈々美の代わりの派遣社員の子が来た。
指導するのはまたしても純平。
課長になったんだから、もう指導から外れるものだと思っていた。
「椎名さん、自分からやらせてくれって言ったらしいよ」
「えっ?」
「新しい派遣社員の指導」
またしても情報通のめぐみが仕入れてきた。
せっかくのランチが急に胸につかえた気がした。
「課長さんなんだから、部下に任せればいいのにね」
「そうね。ああ、でも、奈々美の指導は彼がしたでしょ。だから、奈々美の代わりの子だから、やっぱり自分がしなきゃと思ったんじゃないかな」
苦しい解釈。
だけど、そう思わないとまた落ち着かない日々を送ってしまいそう。
奈々美の代わりの子が入って来るってわかってたけど、それでも心配しちゃう。
彼の事は信じているけど、やっぱり少し心配。
わたしって、心が狭いね。
「ごめん。わたし余計な事言っちゃった? 清美、何も心配しなくて大丈夫だよ。派遣社員、男の子だし」
「男?! 待って。わたしさっき見たよ。ガラス越しだったけど、女の子だったよ」
「違うのよ。あの子、ああ見えて男の子。だってほら、ズボン履いてたでしょ?」
「服まで覚えてないけど、顔は絶対女の子だったってば」
「あ、来た……」
「えっ?」
食堂の入り口に目をやると、純平の後ろから付いて来ている子が見えた。
あの子、男の子?
背は純平よりはるかに低い。それに色白で痩せていて、栗色の髪にふんわりとパーマがかかっていて、まるで化粧をしているかのように唇が赤かった。
「よっ、お二人さん」
「お疲れ様です」
「一緒にいいかな?」
「ええどうぞ」
「それじゃ江藤君座って。紹介するよ。こちらが倉庫で働いてる大野さん。そしてこっちが僕の奥さん」
「椎名課長、結婚されてるんですか……」
えっ? この子まさか純平に気がある?
何だか声のトーンが下がった気がするんですけど。
というか、話し方まで女の子っぽい!
「江藤くんって、肌キレイよね~」
まためぐみは余計な事言って……。
「ちゃんとお手入れしてますから」
「女の子みたい。すごくかわいい」
「ありがとうございます。僕、かわいいっていわれるのが一番嬉しいです」
「あ、ああ、そうなんだ……」
引くよね。
さすがのめぐみも苦笑い。
「あの、僕隠すの嫌いだから正直に言いますけど、男性が好きです。椎名さんみたいな人、超好みです」
「まじか……。何か、朝からそんな気はしてたけどな」
「椎名さん、モテますね~。女子からも男子からも」
そう言って大笑いするめぐみ。
この場合の対応、それでいいのかなぁ?
「大野さんって面白い方ですね。僕、女性の友達も多いんですよ。大野さんみたいに話しやすい方大好きです」
「それはどうも。でもさ、どうして総務に? アパレル関係とか似合いそうだけど」
「高校生の時、バイトでやった事ありますよ。でも僕、ちょっと体弱いとこあるから、座って出来る事務系の仕事が合ってるんです」
「そうなんだ」
「はい」
「そう言えば、椎名さんもずっと事務でしたね。江藤くんが総務にいても不思議な事じゃないわね」
わたしもめぐみと一緒で、事務系の仕事は女性がするもんだという思い込みがあった。
最初から総務にいた純平に対しては、何の違和感も無かったけど。
「椎名さんの奥さん、何て名前ですか?」
「わたし? 清美だけど」
「清美ちゃん?」
「えっ? あ、うん」
何、この子。
いきなりちゃん付け?
確か十九歳って聞いたけど。
「あ、ごめんなさい。僕の母と同じ名前だったんで。我が家は、みんなちゃん付けなんですよ。姉はなおちゃん、妹はりっちゃん。そして母親がきよみちゃん」
「お父さんもちゃん付け?」
「生きてた頃はごろうちゃんって呼んでました。でも、一年前に他界して」
「そうだったの。それは寂しいわね」
「はい。でも残った家族全員で明るく生きてます。嫌な事はすぐにポイしちゃう性格だから」
江藤くん、凄いね。
わたしも嫌な過去にサヨナラしなきゃね。
一時間の昼休みはあっという間に終わった。
もっと江藤くんと話していたかったな。
彼と話していると、何だか元気になっちゃう。
体が弱いって言ってたけど、全然そんな事感じさせないパワーがあった。
江藤くんが来て一週間が経った。
毎日一緒にランチしてる。
純平が外出してお昼に戻って来なくてもだ。
江藤くんと話していると、本当に女の子と話しているみたい。
最初にカミングアウトしたせいか、変な噂がたつ事も無く、彼はみんなと馴染んでいた。
それに、かわいいから総務のお姉様方からも可愛がられているみたい。
「ねえ清美、この頃食欲無いの?」
「えっ?」
「だってほら、お昼もいつもおにぎり一個じゃん」
「うん、何か胃がムカムカする事が多くて」
「清美ちゃん、もしかしておめでた?」
江藤くんは、普通にわたしの事を清美ちゃんって呼ぶようになった。
わたしだけじゃない。
めぐみの事も。
うん?
何て?
「おめでた?」
「ちょっと清美ちゃん、反応遅すぎ~」
「ち、ちょっと待って」
「何? 清美、そうなの?」
「いや、わかんない。だってずっと出来なかったんだよ」
「清美ちゃん、月のものは来てるの?」
男の子がそんな事聞く?
まっ、江藤くんならいいや。
えっと、どうだっけ?
「そう言えば、しばらくないかも」
「清美、一緒に病院行こう! あ、別にわたしが行かなくてもいいのか。椎名さんと行っといでよ」
「めぐみ、付いて来て。それからめぐみも江藤くんも、この事ははっきりするまで純平には言わないで」
「どうして? 椎名さん喜ぶよ」
「喜ぶのがわかっているから、はっきりするまで言いたくないの。がっかりさせたくないの」
「わかった」
このわたしが妊娠?
もしそれが本当なら、どれだけ嬉しい事か。
わたしは、子どもを授かる資格が無いんだと諦めかけていた。
いつか必ず授かるって信じてくれていた彼には申し訳ないけど、わたし、諦めかけていたんだよ。
純平の誕生日。
急いで仕事を終わらせ、ケーキを買って先に帰る。
食事は、彼が好きなハンバーグとポテトサラダ。
それからエビフライもからりと上手く揚がった。
ご飯は、キーマカレー。
お子様ランチのように丸く盛り付けた。
「ただいま」
「お帰り」
「うん? 今日はカレー?」
キーマカレーのにおいが、リビングに入って来た彼の鼻を刺激したらしい。
手を洗い、戻って来た彼がキーマカレーの山を見てにやりと笑った。
「うまそうじゃん」
「でしょー。ちょっと待ってね、ケーキ持って来るから」
箱ごと冷蔵庫に入れていたケーキを持って来る。
テーブルの上に出して、ろうそくを立てた。
大きいろうそく三本と、小さいろうそく一本。
それに火を灯し、部屋の明かりを消した。
「純平、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「それじゃ、消して」
ふーーーっ。
勢いよく一息で真っ暗になった。
「電気、電気」
部屋の電気が点くと、目の奥がズキンとした。
「それじゃ、頂きますか」
「どうぞ」
「頂きまーす」
純平が美味しそうに食べてくれる。
彼の幸せそうな顔を見ると、作った甲斐があり、わたしまで嬉しくなる。
「帰ってからよくこれだけ作れたね」
「材料は昨日買っておいたからね。でも結構バタバタだったよ」
「そうなんだね。清美、ありがとな」
「ううん」
二月も終わりに近づき、仕事が忙しくなって来た。
わが社は、三月、七月、十一月が特に忙しく、二月の終盤から慣らし運転のような感じで徐々に忙しさを増していく。
毎年の事で慣れてはいたけど、それでも今年はいつも以上に忙しくなる予感がした。
そんな中、奈々美が二人目を妊娠した。
まどかちゃんの時も一人で苦しんだみたいだけど、つわりがひどい体質のようで、急遽今月末で退社する事になった。
来月から奈々美の代わりの派遣社員が来るらしい。
一緒に働けなくなるのは寂しいけど、今度もまた元気で可愛い赤ちゃんを産んでね。
「清美、めぐみ、急に辞める事になってごめんね」
「気にしないで。それより、本当に辛そうだね」
ランチの時も何も食べずにわたしとめぐみが食べているのを見ている奈々美。
仕事中に、体調を見ながらちょこちょこと小さなおにぎりやスープを口にしているらしい。
あまり食事が摂れないせいか、以前より確実に痩せてきた。
「まどかの時以上に辛いかも」
「そうなの?」
「あの子の時は、頼る人もいなかったし、自分が働かないとどうしようもなかったから気力で乗り切れたのかもしれないけど、パパがいると弱くなっちゃうね」
「頼ればいいのよ」
「そうよ。いっぱい頼っちゃいなさいよ」
「わかった。そうする」
二月になった。
予定通り総務に奈々美の代わりの派遣社員の子が来た。
指導するのはまたしても純平。
課長になったんだから、もう指導から外れるものだと思っていた。
「椎名さん、自分からやらせてくれって言ったらしいよ」
「えっ?」
「新しい派遣社員の指導」
またしても情報通のめぐみが仕入れてきた。
せっかくのランチが急に胸につかえた気がした。
「課長さんなんだから、部下に任せればいいのにね」
「そうね。ああ、でも、奈々美の指導は彼がしたでしょ。だから、奈々美の代わりの子だから、やっぱり自分がしなきゃと思ったんじゃないかな」
苦しい解釈。
だけど、そう思わないとまた落ち着かない日々を送ってしまいそう。
奈々美の代わりの子が入って来るってわかってたけど、それでも心配しちゃう。
彼の事は信じているけど、やっぱり少し心配。
わたしって、心が狭いね。
「ごめん。わたし余計な事言っちゃった? 清美、何も心配しなくて大丈夫だよ。派遣社員、男の子だし」
「男?! 待って。わたしさっき見たよ。ガラス越しだったけど、女の子だったよ」
「違うのよ。あの子、ああ見えて男の子。だってほら、ズボン履いてたでしょ?」
「服まで覚えてないけど、顔は絶対女の子だったってば」
「あ、来た……」
「えっ?」
食堂の入り口に目をやると、純平の後ろから付いて来ている子が見えた。
あの子、男の子?
背は純平よりはるかに低い。それに色白で痩せていて、栗色の髪にふんわりとパーマがかかっていて、まるで化粧をしているかのように唇が赤かった。
「よっ、お二人さん」
「お疲れ様です」
「一緒にいいかな?」
「ええどうぞ」
「それじゃ江藤君座って。紹介するよ。こちらが倉庫で働いてる大野さん。そしてこっちが僕の奥さん」
「椎名課長、結婚されてるんですか……」
えっ? この子まさか純平に気がある?
何だか声のトーンが下がった気がするんですけど。
というか、話し方まで女の子っぽい!
「江藤くんって、肌キレイよね~」
まためぐみは余計な事言って……。
「ちゃんとお手入れしてますから」
「女の子みたい。すごくかわいい」
「ありがとうございます。僕、かわいいっていわれるのが一番嬉しいです」
「あ、ああ、そうなんだ……」
引くよね。
さすがのめぐみも苦笑い。
「あの、僕隠すの嫌いだから正直に言いますけど、男性が好きです。椎名さんみたいな人、超好みです」
「まじか……。何か、朝からそんな気はしてたけどな」
「椎名さん、モテますね~。女子からも男子からも」
そう言って大笑いするめぐみ。
この場合の対応、それでいいのかなぁ?
「大野さんって面白い方ですね。僕、女性の友達も多いんですよ。大野さんみたいに話しやすい方大好きです」
「それはどうも。でもさ、どうして総務に? アパレル関係とか似合いそうだけど」
「高校生の時、バイトでやった事ありますよ。でも僕、ちょっと体弱いとこあるから、座って出来る事務系の仕事が合ってるんです」
「そうなんだ」
「はい」
「そう言えば、椎名さんもずっと事務でしたね。江藤くんが総務にいても不思議な事じゃないわね」
わたしもめぐみと一緒で、事務系の仕事は女性がするもんだという思い込みがあった。
最初から総務にいた純平に対しては、何の違和感も無かったけど。
「椎名さんの奥さん、何て名前ですか?」
「わたし? 清美だけど」
「清美ちゃん?」
「えっ? あ、うん」
何、この子。
いきなりちゃん付け?
確か十九歳って聞いたけど。
「あ、ごめんなさい。僕の母と同じ名前だったんで。我が家は、みんなちゃん付けなんですよ。姉はなおちゃん、妹はりっちゃん。そして母親がきよみちゃん」
「お父さんもちゃん付け?」
「生きてた頃はごろうちゃんって呼んでました。でも、一年前に他界して」
「そうだったの。それは寂しいわね」
「はい。でも残った家族全員で明るく生きてます。嫌な事はすぐにポイしちゃう性格だから」
江藤くん、凄いね。
わたしも嫌な過去にサヨナラしなきゃね。
一時間の昼休みはあっという間に終わった。
もっと江藤くんと話していたかったな。
彼と話していると、何だか元気になっちゃう。
体が弱いって言ってたけど、全然そんな事感じさせないパワーがあった。
江藤くんが来て一週間が経った。
毎日一緒にランチしてる。
純平が外出してお昼に戻って来なくてもだ。
江藤くんと話していると、本当に女の子と話しているみたい。
最初にカミングアウトしたせいか、変な噂がたつ事も無く、彼はみんなと馴染んでいた。
それに、かわいいから総務のお姉様方からも可愛がられているみたい。
「ねえ清美、この頃食欲無いの?」
「えっ?」
「だってほら、お昼もいつもおにぎり一個じゃん」
「うん、何か胃がムカムカする事が多くて」
「清美ちゃん、もしかしておめでた?」
江藤くんは、普通にわたしの事を清美ちゃんって呼ぶようになった。
わたしだけじゃない。
めぐみの事も。
うん?
何て?
「おめでた?」
「ちょっと清美ちゃん、反応遅すぎ~」
「ち、ちょっと待って」
「何? 清美、そうなの?」
「いや、わかんない。だってずっと出来なかったんだよ」
「清美ちゃん、月のものは来てるの?」
男の子がそんな事聞く?
まっ、江藤くんならいいや。
えっと、どうだっけ?
「そう言えば、しばらくないかも」
「清美、一緒に病院行こう! あ、別にわたしが行かなくてもいいのか。椎名さんと行っといでよ」
「めぐみ、付いて来て。それからめぐみも江藤くんも、この事ははっきりするまで純平には言わないで」
「どうして? 椎名さん喜ぶよ」
「喜ぶのがわかっているから、はっきりするまで言いたくないの。がっかりさせたくないの」
「わかった」
このわたしが妊娠?
もしそれが本当なら、どれだけ嬉しい事か。
わたしは、子どもを授かる資格が無いんだと諦めかけていた。
いつか必ず授かるって信じてくれていた彼には申し訳ないけど、わたし、諦めかけていたんだよ。