If・・・~もしもあの時死んでいたら~
湖畔デート
土曜日。
目覚めるとそこに彼がいた。
夕べ、一緒に寝たんだ。
思い出すとドキドキして来た。
彼の眠った姿を見るのは初めてだった。
まつ毛、長いんだね。
そっと彼に体を寄せる。
あったかい。
「う……ん? 起きてたの?」
突然目が合ってびっくりしたわたしは体を離そうとした。
「ダメ」
彼に腰の辺りを抱かれる。
「離して」
「ダメ。このまま俺にくっ付いてろ」
離れようと抵抗を試みるも、失敗に終わった。
というより、わたしもこのまま離れたくなかった。
彼の腕にしがみつくように力を入れる。
あれっ? 今、胸が当たってる?
ヤバい。
離れなくっちゃ。
そう思ってもがいていると、
「だからダメだって」
彼がまた、上からわたしを見ている。
「おはよう」
「……おはよう」
軽いキスを落とした彼は、そのままベッドに身を起こした。
「あー、よく寝た」
そう言って思いっきり両手を挙げて背伸びすると、落ちていたバスタオルを巻き直して部屋を出て行った。
よし、わたしも今のうちに……。
着替え終わったわたしは、顔を洗っている彼の元へ向かった。
「歯ブラシ、これ使って」
まだケースに入ったままの新品の歯ブラシを出してもらう。
泊まるつもりじゃなかったので、何も用意して来なかった事が悔やまれる。
化粧水も何も無いや。
「今日、どこ行こうか?」
「どこでもいいよ」
どこでもいい。
あなたと一緒だったらどこに行っても楽しいの。
あなたに出会って、そして恋人同士になって、わたしの人生は一気に変わった。
辛い日々が遥か昔の事のように思える。
忘れる事は出来ないけど、あなたがわたしを、幸せな世界へと導いてくれる。
手を繋いでいれば大丈夫。
あなたがいれば、わたしは大丈夫。
車で一時間ほど走った所にある湖に到着した。
湖畔には、家族連れや、カップルの姿があった。
それから、ツーリングを楽しんでいる若い男の人の集団も。
湖畔は、朝から蝉の大合唱。
まだそんなに気温は上がっていないけど、あの声を聞くと暑い気がして来る。
蝉に罪はないんだけど。
「下りてみようか」
「うん」
湖の、水のそばまで下りた。
海と違って波は無く静かだ。
「何か、いいな~」
「何が?」
「こうしてデートするのって久しぶりだ」
純平さん、きっと昔からモテたんだろうな。
こんなにカッコよくて優しくて、素敵な人なんだもん。
今までどんな女性と付き合って来たんだろう。
「何を考えてる?」
「ううん。別に」
「言いたい事があったら遠慮せず言ってみてよ。どんな事でも答えるからさ」
「どんな事でも?」
「ああ。なあ、俺たち、秘密は無しにしよう。困った事や不安な事があったら何でも俺に言って。ひとりで抱え込まないで」
「ありがとう」
「で、今は何を考えてたの?」
「つまんない事よ。純平さんって、今までどんな人と付き合って来たのかなって。ごめんね。別に答えなくていいから」
「そんなにいなかったよ。特に、結婚の事まで考えたのは、清美が初めてだから」
「本当に?」
「ああ」
「でもね、わたし、本当に何も出来ないよ。料理だって、掃除だって」
「それだったら俺が出来るから大丈夫」
「努力しようとは思ってるの。お母さんにも料理習おうと思ってるし。だから、少し待ってね」
「いいよ。その気持ちだけで十分さ。無理に頑張ろうと思わないで。やろうと思えば人間誰だってやれるようになるからさ。っていう俺も、一人暮らしするまで、全部母さんにやってもらってたんだから」
「わかった」
純平さんは、いつだってわたしを安心させてくれる。
こんなに優しい人がこの世の中にいるなんて、一歩踏み出してみないとわからないものだね。
今でこそ外を歩けるようになったけど、通信制の高校に通っていた頃は、週に一度のスクーリングさえ、行くのが憂鬱だった。
普通の高校とは時間帯が違うので、電車に乗っても同級生に会う心配は無かったけれど、私服でお昼近くに歩いていると、あの子はどうしてこんな時間にうろうろしているんだろうと、冷たい視線を感じた。
警察官に職務質問を受けた事もあった。
何だかこそこそ生きている気がして、常に不安と戦っていた気がする。
高校を卒業して働き出してからは、社会人や学生でぎゅうぎゅう詰めの電車でパニックを起こしかけた事もあったけど、リズムが出来るとそれもおさまった。
今では、普通に歩けるし、買い物にも行けるようになった。
時間が、わたしを変えてくれたようだ。
「お昼何食べる?」
「湖を半分くらい向こうに行った所にレストランがあるんだ。そこに行ってみよう」
「うん」
車に乗り込むと、わたし達は湖に沿って移動した。
ここは緑も多くて-----その分、蝉の大合唱もあるのだけど-----道の反対側には別荘らしき建物が、木々の間に見え隠れしていた。
夜は都会のような明るさも無くて、静かなんだろうなと思う。
どちらかと言うと、都会より田舎を好むわたしとしては、こういう場所の方が落ち着く。
「あそこだよ」
「わっ、素敵……」
ログハウスのようなお店。
駐車場には順番待ちの列が出来ていた。
「多いな。他探す?」
「ううん。ここがいい。駐車場が空くまで待ってよ」
「わかった」
三十分後。
わたし達はやっと店内に。
神様からのご褒美みたいな、湖側の窓際の席につくことが出来た。
「わっ、素敵!」
「良かったね、この席が空いて」
「うん」
思わずテンションが上がる。
彼はカルボナーラ。
わたしはオムライスを注文。
天気が良いので、水面が太陽の光でキラキラしていた。
「清美といるとさ、結構ラッキーな事が多いよな」
「例えば?」
「デートの時は天気に恵まれるし、こういうラッキーな席にも座れるし」
「本当はわたし、雨女なんだよ」
「そうなの?」
「うん。だけど、純平さんといると晴れる日が多いみたい」
「あ、そう言えば、俺って晴れ男だ」
「な~んだ。それじゃ、運が良いのはわたしより純平さんの方じゃん」
というようなたわいのない会話をしていると、注文した料理が運ばれて来た。
美味しそう。
二人で美味しい食事をしながら、湖の景色を見ていると、とっても幸せな気持ちになれた。
穏やかな土曜日。
こんな日がずっと続いたらいいのに。
食事を終えたわたし達は、車でわたしの家に戻る。
うちで夕食まで済ませた後、わたしは今度こそ入念に泊まり支度を済ませ、再び純平さんのマンションに帰った。
お父さんは、止めるまではしないけど、やっぱりわたしが泊まりに行く事を賛成してはいない様子。
男親から見ると、やっぱりそれが普通なのかな?
大切な娘を男に取られる寂しさってやつ?
それでも、純平さんの事は信頼してくれているようなので嬉しい。
「ただいま~」
「清美、今のただいま、凄く自然だったね」
「そう?」
「ああ。まるで昔から住んでる感じだった」
そう?
ここに来たのはまだ数回だけど、早く一緒に住みたいな。
結婚を前提にって言ってくれたけど、その時が来たら、ちゃんとプロポーズしてくれるよね?
プロポーズ。
こんな幸せ、夢みたい。
日曜日。
昨日は湖畔でのんびりしたので街へ出かけた。
洋服を見たり、カフェでお茶したり。
夕方、食材を買って家に戻った。
それから二人でキッチンに並んで食事の準備。
わたしは彼の助手って感じだったけど、料理をするのってわりと楽しかった。
「よし出来た。それじゃ運んでくれる?」
「わかった」
出来立てのとんかつと、お味噌汁を並べた。
炊き立てのご飯から上がった湯気が鼻をくすぐる。
「それじゃ、いただきます!」
「いただきまーす」
二人で作った夕食はとっても美味しかった。
後片付けを終え、彼に送ってもらい自宅に戻ったのは、夜十時ごろだった。
目覚めるとそこに彼がいた。
夕べ、一緒に寝たんだ。
思い出すとドキドキして来た。
彼の眠った姿を見るのは初めてだった。
まつ毛、長いんだね。
そっと彼に体を寄せる。
あったかい。
「う……ん? 起きてたの?」
突然目が合ってびっくりしたわたしは体を離そうとした。
「ダメ」
彼に腰の辺りを抱かれる。
「離して」
「ダメ。このまま俺にくっ付いてろ」
離れようと抵抗を試みるも、失敗に終わった。
というより、わたしもこのまま離れたくなかった。
彼の腕にしがみつくように力を入れる。
あれっ? 今、胸が当たってる?
ヤバい。
離れなくっちゃ。
そう思ってもがいていると、
「だからダメだって」
彼がまた、上からわたしを見ている。
「おはよう」
「……おはよう」
軽いキスを落とした彼は、そのままベッドに身を起こした。
「あー、よく寝た」
そう言って思いっきり両手を挙げて背伸びすると、落ちていたバスタオルを巻き直して部屋を出て行った。
よし、わたしも今のうちに……。
着替え終わったわたしは、顔を洗っている彼の元へ向かった。
「歯ブラシ、これ使って」
まだケースに入ったままの新品の歯ブラシを出してもらう。
泊まるつもりじゃなかったので、何も用意して来なかった事が悔やまれる。
化粧水も何も無いや。
「今日、どこ行こうか?」
「どこでもいいよ」
どこでもいい。
あなたと一緒だったらどこに行っても楽しいの。
あなたに出会って、そして恋人同士になって、わたしの人生は一気に変わった。
辛い日々が遥か昔の事のように思える。
忘れる事は出来ないけど、あなたがわたしを、幸せな世界へと導いてくれる。
手を繋いでいれば大丈夫。
あなたがいれば、わたしは大丈夫。
車で一時間ほど走った所にある湖に到着した。
湖畔には、家族連れや、カップルの姿があった。
それから、ツーリングを楽しんでいる若い男の人の集団も。
湖畔は、朝から蝉の大合唱。
まだそんなに気温は上がっていないけど、あの声を聞くと暑い気がして来る。
蝉に罪はないんだけど。
「下りてみようか」
「うん」
湖の、水のそばまで下りた。
海と違って波は無く静かだ。
「何か、いいな~」
「何が?」
「こうしてデートするのって久しぶりだ」
純平さん、きっと昔からモテたんだろうな。
こんなにカッコよくて優しくて、素敵な人なんだもん。
今までどんな女性と付き合って来たんだろう。
「何を考えてる?」
「ううん。別に」
「言いたい事があったら遠慮せず言ってみてよ。どんな事でも答えるからさ」
「どんな事でも?」
「ああ。なあ、俺たち、秘密は無しにしよう。困った事や不安な事があったら何でも俺に言って。ひとりで抱え込まないで」
「ありがとう」
「で、今は何を考えてたの?」
「つまんない事よ。純平さんって、今までどんな人と付き合って来たのかなって。ごめんね。別に答えなくていいから」
「そんなにいなかったよ。特に、結婚の事まで考えたのは、清美が初めてだから」
「本当に?」
「ああ」
「でもね、わたし、本当に何も出来ないよ。料理だって、掃除だって」
「それだったら俺が出来るから大丈夫」
「努力しようとは思ってるの。お母さんにも料理習おうと思ってるし。だから、少し待ってね」
「いいよ。その気持ちだけで十分さ。無理に頑張ろうと思わないで。やろうと思えば人間誰だってやれるようになるからさ。っていう俺も、一人暮らしするまで、全部母さんにやってもらってたんだから」
「わかった」
純平さんは、いつだってわたしを安心させてくれる。
こんなに優しい人がこの世の中にいるなんて、一歩踏み出してみないとわからないものだね。
今でこそ外を歩けるようになったけど、通信制の高校に通っていた頃は、週に一度のスクーリングさえ、行くのが憂鬱だった。
普通の高校とは時間帯が違うので、電車に乗っても同級生に会う心配は無かったけれど、私服でお昼近くに歩いていると、あの子はどうしてこんな時間にうろうろしているんだろうと、冷たい視線を感じた。
警察官に職務質問を受けた事もあった。
何だかこそこそ生きている気がして、常に不安と戦っていた気がする。
高校を卒業して働き出してからは、社会人や学生でぎゅうぎゅう詰めの電車でパニックを起こしかけた事もあったけど、リズムが出来るとそれもおさまった。
今では、普通に歩けるし、買い物にも行けるようになった。
時間が、わたしを変えてくれたようだ。
「お昼何食べる?」
「湖を半分くらい向こうに行った所にレストランがあるんだ。そこに行ってみよう」
「うん」
車に乗り込むと、わたし達は湖に沿って移動した。
ここは緑も多くて-----その分、蝉の大合唱もあるのだけど-----道の反対側には別荘らしき建物が、木々の間に見え隠れしていた。
夜は都会のような明るさも無くて、静かなんだろうなと思う。
どちらかと言うと、都会より田舎を好むわたしとしては、こういう場所の方が落ち着く。
「あそこだよ」
「わっ、素敵……」
ログハウスのようなお店。
駐車場には順番待ちの列が出来ていた。
「多いな。他探す?」
「ううん。ここがいい。駐車場が空くまで待ってよ」
「わかった」
三十分後。
わたし達はやっと店内に。
神様からのご褒美みたいな、湖側の窓際の席につくことが出来た。
「わっ、素敵!」
「良かったね、この席が空いて」
「うん」
思わずテンションが上がる。
彼はカルボナーラ。
わたしはオムライスを注文。
天気が良いので、水面が太陽の光でキラキラしていた。
「清美といるとさ、結構ラッキーな事が多いよな」
「例えば?」
「デートの時は天気に恵まれるし、こういうラッキーな席にも座れるし」
「本当はわたし、雨女なんだよ」
「そうなの?」
「うん。だけど、純平さんといると晴れる日が多いみたい」
「あ、そう言えば、俺って晴れ男だ」
「な~んだ。それじゃ、運が良いのはわたしより純平さんの方じゃん」
というようなたわいのない会話をしていると、注文した料理が運ばれて来た。
美味しそう。
二人で美味しい食事をしながら、湖の景色を見ていると、とっても幸せな気持ちになれた。
穏やかな土曜日。
こんな日がずっと続いたらいいのに。
食事を終えたわたし達は、車でわたしの家に戻る。
うちで夕食まで済ませた後、わたしは今度こそ入念に泊まり支度を済ませ、再び純平さんのマンションに帰った。
お父さんは、止めるまではしないけど、やっぱりわたしが泊まりに行く事を賛成してはいない様子。
男親から見ると、やっぱりそれが普通なのかな?
大切な娘を男に取られる寂しさってやつ?
それでも、純平さんの事は信頼してくれているようなので嬉しい。
「ただいま~」
「清美、今のただいま、凄く自然だったね」
「そう?」
「ああ。まるで昔から住んでる感じだった」
そう?
ここに来たのはまだ数回だけど、早く一緒に住みたいな。
結婚を前提にって言ってくれたけど、その時が来たら、ちゃんとプロポーズしてくれるよね?
プロポーズ。
こんな幸せ、夢みたい。
日曜日。
昨日は湖畔でのんびりしたので街へ出かけた。
洋服を見たり、カフェでお茶したり。
夕方、食材を買って家に戻った。
それから二人でキッチンに並んで食事の準備。
わたしは彼の助手って感じだったけど、料理をするのってわりと楽しかった。
「よし出来た。それじゃ運んでくれる?」
「わかった」
出来立てのとんかつと、お味噌汁を並べた。
炊き立てのご飯から上がった湯気が鼻をくすぐる。
「それじゃ、いただきます!」
「いただきまーす」
二人で作った夕食はとっても美味しかった。
後片付けを終え、彼に送ってもらい自宅に戻ったのは、夜十時ごろだった。