残念な上司に愛の恐竜料理を!
7皿目
「あなた達は、丸腰でここに置いていきマス。そのうち恐ろしい肉食恐竜が現れて、美味しいランチの時間が始まるかもしれまセン。記念すべき人類初の恐竜による犠牲者はあなた達の誰かになりマス。ひょっとしたら3人共になるかもしれませんが……。アハハハ!」
アレクセイは、そう言うと指の間の吸い殻を地面に捨てて靴底で踏みにじった。
「あんた、セラミックも置き去りにするつもり? あんなに可愛がってたじゃない。まだ未成年の女学生なのよ」
真美さんの言葉にアレクセイは、いやらしい笑顔を浮かべた。
「それがどうかしましたか? ここはジュラ紀で人間の思想や力は及びまセン、そして法律も通用しまセンヨー!」
リュックからザイルを取り出すと、松上を銃口で小突いて吉田真美とセラミックの2人を縛るように命じた。松上は、ため息をついてアレクセイを見上げる。
「恐竜を救うために我々を見殺しにするつもりか……アレクセイ、君も人類の一員なんだろ? 全くどっちの味方なんだ? 本当に何様のつもりなんだい?」
「ウルサイ!」
「松上研究員の言う通りよ、死傷者が出ても『ジュラアナ長野』は閉鎖されたりしないわ。人類の探究心は、その程度で潰えたりはしない。冒険に命の危険は付き物なのよ。中生代へのダイブは、今後ますます盛んになっていくと思う」
「ヤカマシイ!」
「アレクセイさん、ひどい! 私より恐竜の方が好きなんですか? 本当は優しい人だと分かっています。こんな事は今すぐ止めて下さい」
「ダマレ! ダマレ! お前ら静かにしないと今すぐ撃ち殺すゾ!」
アレクセイは大声で叫ぶと、冷静さを取り戻すために水筒の水をガブ飲みする。だが背中合わせに縛られて座る真美さんとセラミックを目の当たりにすると、ますます興奮してきた。縄が艶やかな柔肌に食い込んで、大きな胸を強調しているのだ。
「……若くて綺麗な女性がこんな所で2人も死んでしまうのは、あまりに惜シイ。死ぬ前にこの俺が可愛がってあげてもいいのですヨ……」
下衆な台詞を吐く男を前に、美女のペアはゾッとして松上の方を足先で指した。
「いえいえ私達ではなく、彼の方が可愛がって貰いたいそうです」
「こらこら! そんな……まだ心の準備が……」
「ニエット! 気持ち悪いデス!」
アレクセイは頭にきて余分な銃を沼へ向かって力任せにブン投げ始めた。
「あれ~? 環境保護団体のくせに燃えない粗大ゴミをジュラ紀の沼に捨てるんだ」
「ウルサイ! さっきからそう言ってるダロ! お前ら、いいかげんにシロ!」
怒り心頭で叫ぶアレクセイを前にして、松上は怖じ気付いたように後ずさりを始めた。縛られた真美さんとセラミックも急に震え上がって歯をガチガチさせる。
「ハハハ! そんなに俺が怖いのか。簡単に人を信用してはいけまセン。騙されるのは、頭が悪いからデス。つまり危機意識が低くて馬鹿だからデス」
アレクセイの背後に広がる針葉樹の森から大きな影が2つ、いつか見た悪夢のように音もなく忍び寄ってきた。