残念な上司に愛の恐竜料理を!
ごちそうさま
「セラミック君。このカレーは君のお父様が経営するカレー専門店のルーなんだね。恐竜カレーといっても店の味そのもので、自らの創意工夫が足りないというか、ディノニクスの肉に合わせたスパイスの調合や調理法を試行錯誤でアプローチしていないのでは……」
松上の感想にセラミックは目をつぶって、おでこを手で押さえた。
「美味いっ!! セラミックちゃん! こんな美味いカレー、今まで食った事ないぜ!」
あちゃー! という彼女の声に被るように、松野下佳宏の大声がロビーに響き渡った。
その声に触発され、もう我慢できないといった様子で、わらわらと集まってきた研究員や教授風情のおじ様達がセラミックにどうか一口だけでもカレーを食わせてくれと懇願し始めたのだ。
「松上研究員、あなた料理評論家でもないのに何、偉そうな事を言ってるのよ。セラミックが一晩寝ずに一生懸命作ってきたんじゃないの、素直に美味しいと言ってあげたらどうなのよ」
あっと言う間に完食した吉田真美がスプーンを咥えたまま、松上に大人げのあるコメントをした。
「う~ん、彼女はプロを目指しているんだよ。恐竜狩猟調理師の国家資格も簡単に取得できる物じゃないし、料理人の卵をここで甘やかしてどうする」
松上の言葉に反応せず、松野下は眉をへの字にして言った。
「恐竜肉ってスパイス煮込みにするとこんなに美味しいんだ! 筋まで柔らかくなっているし、肉汁ジュワーッと上品で角煮っぽいのかな? 僕はすごく気に入ったよ~」
突如開催されたカレー試食会に、いい大人の研究員達が子供のように盛り上がり、満面の笑みを浮かべながら米粒と香ばしい肉を頬張っている。
「こりゃあ! 店で出せるわ!」
「どこで営業しているのかね? タクシーに乗ってでも食べに行くよ」
真面目そうな中堅研究員や、お偉いさんと思しき白髪混じりの教授らがセラミックのカレーを絶賛する。結局、自分の分として用意した皿まで振る舞い、大きな鍋一杯に用意した恐竜カレーは瞬く間に底を着いた。上機嫌の吉田真美はセラミックにウインクして言った。
「ははっ! 皆さんディノニクスのカレーって分かっていらっしゃるのかしら? 材料の原価を聞いたら腰を抜かすわね。そりゃあ美味いわよ、自腹で恐竜なんて食べた事もないはずだわ」
松上は眼鏡の曇りを拭き取りながら小声で言う。
「僕はセラミックが作ったカレーは不味いなんて一言も言ってないんだがね。まあ、今回の料理の出来は、食べた人達の満足げな笑顔が物語っているかな」
夢中で食べているオッサン連中は、とても嬉しそうだ。可愛いらしい女の子お手製の超絶に美味いカレーを口にして、感動しない訳がない。
セラミックは皆の顔をニコニコしながら眺めつつ、少し寂しげに独り言を呟いた。
「今日のカレーの隠し味として、ダイブ中に松上さんから貰った板チョコを使ったんだけどな……」
そんな彼女が織りなす心の機微を気にする事もなく、松上晴人は古びたソファーで吉田真美や松野下佳宏と恐竜談義に花を咲かせている。恐竜の話をしている時が一番、松上の目が輝いている瞬間だなと思わされた。
瀬良美久は心に決めた。当面の目標ができた。あの朴念仁野郎にいつか絶対、心から言わせてやりたい。
『セラミック、君の恐竜料理は本当に美味いな!』
窓の外には静謐な初夏の風景が広がり、爽やかな風は人々に雅びな季節が到来する兆しを感じさせるのだ。