残念な上司に愛の恐竜料理を!
6杯目
さあ! 今夜は逃げも隠れもしないぞ、と月夜に誓い黒下着のまま勢いよく自室のドアを開けると早速、弟の公則と目が合った。彼の視線が顔から腰の方へと徐々に下がってゆくにつれ、顔色にみるみると変化が見られたのだ。血圧と心拍数が急上昇しているのが手に取るように分かる。
次の瞬間、上気して顎を上げた公則の両外鼻孔から鼻血が霧のように噴出した! 漫画でしか見た事がなかったが、まるでホームセンターで売っている赤のカラー缶スプレーというか血飛沫そのものである。
「ね、姉ちゃん……アホか。何ちゅう格好してんだよ……! 素っ裸よりもいやらしいぜ……」
中学生の彼は、生で初めて見る黒のガーターベルトと、はち切れんばかりのエロいデザインのブラに釘付けとなっている。つまんだ鼻の隙間から紅い熱情の花を止めどなく、点滴のようにボタボタと床に落とし続けた。
「うふふ! 何、興奮してるのよォ、公則ィ~」
弟は呪いの言葉を姉に残すと、フラフラしながら階下へ消えていった。セラミックは何だか笑いが止まらなくなり、おへそ丸出しのお腹を抱えて胸を揺らせたのだ。
恐るべき事に、そのまま夕食の時間となり、黒レース下着のまま食事する異様な光景が展開された。瀬良家はパンツ一家で、男性陣は夏場にTシャツ・トランクスのみで生活するスタイルを謳歌しているが、それでも今日のセラミックの姿は際立っている。
テーブルに向かい合わせで座る弟は、鼻の穴に詰めたティッシュのせいでハンバーグの味がぼやけてしまった。彼の焦点も若干ぼやけているような……心ここにあらずといった表情だ。
エプロン姿の母親も最初は両目を見開いて驚いていたが、堂々と食事するセラミックの肝っ玉に呆れると、もう笑うしかなかった。
「馬鹿ね~! その高そうな下着、どっから持ってきたのよ。まさか自分で買ったの?」
「そんな訳ないじゃん。どんなセンスの持ち主よ! おふざけの貰い物だからママにあげるわ」
「残念だけど、私には無理だわ」
丁度その時、ダイニングを通りかかったのは父親。ハンバーグを咀嚼するブラック・ブラ・ショーツ・ストッキング娘を見かけるなり、口に含んだ麦茶を霧吹きのように噴射して苦しげに咳きこんだ。
それでもセラミックは怯まずに、勝ち白星をあげた力士のような態度でふんぞり返っていると、父親は娘を無視してテーブルの端に付いた。キッチンの母親は苦笑いして弟に向かって言う。
「公則、服に付いた鼻血をお風呂で洗っておくように。それと美久、明日のパン代をここに置いておくから忘れないでね」
姉の方は、どこ吹く風で優雅に食事を堪能している。そして何を思ったか、卓上のパン代と思しき千円札をパンツの紐に挟むと、これ見よがしに家族の前でヒラヒラと踊った。もう極小下着姿にも慣れて順応してしまったのだろうか……情熱的なベリーダンサーのようでもある。
父親の箸を持つ右手が小刻みに震えている。『もう勘弁してくれ』と言いそうになっていたのだろう。ようやくセラミックは我に返った。これでは……まるで家庭内露出狂ではないか。大いに反省すると、照れくさそうに両手をクロスして屈んだ。
「いや~ん! もう、恥ずかしい……」
夕飯もそこそこにトランクス姿の父親は黙って席を立ち、風呂場へと向かい頭を掻きむしる。同じ格好の公則もそそくさと自室に消えて、もう出てこなくなった。
何だかよく分からない達成感と満足感に、セラミックは包み込まれてゆくのを感じた。そして勝利宣言の代わりに明日の予定を友人の佳音にメールで伝えたのだ。