残念な上司に愛の恐竜料理を!
9杯目
その後どうしたのか……セラミックはあまり覚えていない。
曖昧な記憶をたどると、家中に響いた叫び声にも臆する事なく、松上晴人はセラミックに淡々と説明を始めたはずだ。
「美久さん、実はαチームから美味しいと評判のプシッタコサウルスを余分に分けて貰ったのです。これは是非とも美久さんに、と思ったので妹と一緒に持ってきました。恐竜狩猟調理師を目指す君なら、きっとすごい料理にアレンジしてくれることでしょう」
松上佳音は兄の両眼を後ろから両手で覆い隠して、セラミックのエッチな下着姿を見せないように必死だった。長身である晴人の背中に飛びついて何か喚いていたはずだ。すぐにその場から逃げればよかったのに、セラミックは『はい、そうですか』と玄関にへたり込んで彼の話を聞いていたような気がする。
クーラーボックスの中には小型恐竜であるプシッタコサウルスの食肉処理された物が丸々一頭分詰められていた。ご丁寧にも尻尾の背側に付いている、身を守るためのトゲトゲしい剛毛も取り除かれている。
――佳音と部屋で遊ぼうと思っていたのに……なぜ今、服を着ていないのか説明しようと思っていたのに。
その時、タイミング悪く弟の公則が部活動を終えて帰宅してきた。
「ただいま……ってお客さん? 佳音姉ちゃん? 久しぶり~! ――うわ! まさか、うちの姉ちゃん裸のままで!」
公則は信じられないシチュエーションに、また興奮気味となり鼻血を片方から噴出させると、慌てて小鼻をつまんだのであった。
それから営業が終了した後の厨房に籠もったセラミックは、何かに取り憑かれたように料理を始めた。
恐竜界の豚と呼ばれるプシッタコサウルスから丁寧に肉を削ぎ落とし骨だけにする。これだけでも彼女の細腕一本では大変な労力だ。オウムのようなクチバシと角張った特徴のある頭も捨てずに熱湯にくぐらせておく。ひたひたまで水を入れた寸胴に砕いた大量の骨と頭骨を入れ、香味野菜と共に何時間も煮込んで恐竜ガラのスープを作るのだ。
下着にエプロン姿のセラミックは、額に滲む汗をタオルで拭きながら一心不乱に何かを棒でかき混ぜ続ける。その視線の先には寸胴の中で、ぐつぐつぐらぐらと地獄の釜のように沸き立つスープの海が広がっていた。見事に乳化白濁し、良質の脂とコクが溶け込んでいるように見えるのだ。
暑い厨房で一休みすると同時に、モモ肉と胸肉から作ったロースト肉の塊を軽くスモークした。そしてタコ糸で縛り、昆布と鰹節を効かせた醤油ダレに漬け込んだ。ついでに半熟状態の煮卵も隙間に浮かべてみる。
ふと、人の気配を感じたセラミックは、目を丸くして店の奥の方に振り返った。
「……美久、俺の負けだ。お前は約束を守り通して、やり遂げたんだ」
父親が腕組みをして頷いた。仕事着を脱いでいない料理人の格好だ。
「あなたホントに頑固者ね。一度こうと決めたら意思を曲げないというか……ちょっと怖いわ。でもそれが美久の良い所でもあるし、心配も多いけど大人として認めざるをえないわね」
母親は溜め息をついて髪をかき上げた。両親と離れた場所に座る弟が、お互いに顔を見合わせるのだ。
「美久、自分のなりたい人になりなさい。自分のしたい仕事に就きなさい。ただし約束して……無理無茶は、もうしない事! これからは自分の言動に今以上に責任を持ちなさい。これが我々からのアドバイス!」