残念な上司に愛の恐竜料理を!
10杯目
自宅兼店舗の休みの日を利用し、セラミックは厨房でプシッタコサウルスを使った料理を完成させた。
ほとんど迷わずに思いついた料理は、自身が大好きなラーメンである。さすがに麺まで手打ちで用意するのは無理があるので、行きつけのラーメン屋の口利きで紹介してもらった製麺所から特別に1箱30食ほど分けてもらった。しかも彼女のスープに合うように小麦の配合も太さもオーダーされたものだ。
2日かけて仕上げた拘りのスープは、店のカレー鍋の横でトロ火にかけられて出番を今か今かと待っている状態である。
「――! いらっしゃい!」
セラミックは、貸し切り店舗のドアから一番に入ってきた人物の顔を見上げた。αチームのリーダー、松野下佳宏だ。今回の食材となったオウム顔の小型草食恐竜――プシッタコサウルスを提供してくれた人物である。
「セラミックちゃん、今回は何を食べさせてくれるのかな? 何か新作料理を完成させたというから飛んで来たぜ!」
年齢にそぐわない、少年のような笑顔を綻ばせる彼の傍には、見慣れない若い女性が連れ添っていた。
「初めまして……かな? 私はαチームのメンバーの一人、森岡世志乃です」
噂に聞くαチームの紅一点はクールな美人だった……黒いチュニックとパンツもよく似合っている。だが見た目からセラミックとそう変わらない年頃だと思われた。おそらく恐竜狩猟調理師の免許も、まだ持っていない見習いだろう。βチームの吉田真美とはまた違うタイプの聡明な印象を持つ、非常に魅力的な女性だ。
「こちらはαチーム版セラミックのヨッちゃんです」
笑顔を振りまく松野下佳宏とは裏腹に、森岡世志乃はあからさまに不機嫌な感情を顔に浮かべた。一瞬ヤバいと思ったほどだ。
「リーダー! とっても失礼ですよ。私は誰のマネもしていない唯一無二の存在です。それにヨッちゃんという呼び方も止めて下さい。リーダーこそ佳宏だからヨッちゃんでしょ」
「ああ! ごめんよ、ヨッシー」
「ヨッシーもヨッちゃんもダメだと言ってるんです。世志乃と呼んで下さい」
セラミックの目の前で予想外の言い争いが勃発した。ハラハラしながら見守っていると、信じられない事に怒りの矛先が彼女にまで向けられてきたのだ。
「あなたがβチームの瀬良美久さんですね。噂はかねがねお伺いしております。今日は新進気鋭の美久さんの実力を拝見しに、忙しい所を無理に時間を割いてやって参りました。宜しくお願いしますね」
猫科のような大きなツリ目を煌めかせながら、森岡世志乃は松野下佳宏を一番良い席に座らせた。リーダーがカウンター越しに馴れ馴れしく話しかけてくる度に、隣の黒猫がさりげなく睨み付けてくるのをセラミックは感じる。値踏みをしてくるような粗探しの視線が痛い。割烹着姿のセラミックの額に汗が流れてくるのは、何も厨房に並ぶ火にかけられた寸胴の熱さだけではなかったのである。
セラミックがそろそろ限界に近付いた時、やっともう一組のペアが店に現れた。
「よっ! 美久~。今日は何を作ったの? 期待してお昼抜きで来たよ」
松上佳音とその兄である晴人が、ほぼ同時に入店した。セラミックは反射的に自分の服装を見直すため、顔を伏せた。
「やだぁ! 何照れてんのよ、美久! おっ!? 先客がいましたか」
佳音の影に隠れるように座った松上晴人は、皆に軽くぺこりと挨拶しただけだった。食事に呼ばれたというのに学会発表するようなスーツ姿で、庶民的なカレー屋のカウンターでは浮きまくる美青年だ。当然と言えば当然だが、あの日の事件は誰にも言いふらしていないようである。