残念な上司に愛の恐竜料理を!
エピソード3 恐竜ずし
1貫目
「……何ですと! 中生代の海でハンティングを?」
松上晴人は心なしか緊張した面持ちで、エージェントのスミスに問いただした。今回は恐竜ハンター業界、初の試みとしてジュラ紀の海に棲む爬虫類である首長竜や魚竜をターゲットにすると。
現代において海棲爬虫類は、ウミガメ類とウミヘビ類ぐらいしか生き残っていない。ウミイグアナは進化の途中だし、すっかり失われてしまったグループと言えるだろう。
中生代の海洋は調査の手がほとんど入っていないので、データに乏しく正に暗黒地帯。古代の海は巨大捕食生物が群雄割拠している過酷な世界で、人間など一歩でも足を踏み入れた瞬間、あっと言う間に命を奪われかねない地獄のような超危険領域なのである。
「無理だ。装備からして海と陸では全く異なる。国際的な協力の下で万全のリサーチが必要だ。それに潤沢な資金と、豊富な機材及び、大規模なプロによるバックアップ体制も不可欠だろうよ」
松上は事前に恐竜の本場アメリカからの援助がある事は知っていた。それでも安全第一主義で、危ない橋を渡る事は、できるだけ避けたいのが本音だ。研究目的の調査捕竜が主のβチームには荷が重すぎる。
黒いスーツに身を包んだスミスは松上のリアクションが、さも予想通りであるかのごとく肌を黒光りさせながら腕を組み直し、頷くような仕草を見せた。
「安心して下さい。今回はその国際協力が得られるのです。しかもアメリカ海軍から! その中でも選りすぐりの特殊部隊であるネイビー・シールズをご存じですか? 何と海軍特殊戦グループの内、極東アジア担当のチーム5から複数の隊員が同行してくれるそうですよ」
「何だって!?」
松上晴人は自分の耳を疑った。恐竜ハンターではなく軍隊が出てくるとは思いもよらなかった。同時にある種の胡散臭さも感じ取ったのである。
「SEALsだと? 平和な日本国内のジュラアナ長野に調査・観測隊でもないアメリカ海軍が出張ってくるなんて、尋常じゃない話だ」
「驚きましたかね? 泣く子も黙る世界最強の男達が付くのです。これで安心できましたか?」
「いや、余計行きたくなくなったね。この話は無かった事にして貰いたいくらいだ。裏でどんな取引があったのか教えてくれ」
「う~ん、困りましたね。とてもこのカフェでは、お話しできるような内容ではございません。とにかく今期、アメリカの調査隊がダイブするのですが、その護衛役として選ばれたのが彼らなのです」
「では俺達にどうしろと? 決定事項なら、アメリカ隊で固めてジュラ紀で好きにハンティングしてくればいいじゃないか」
スミスはテーブルの反対側から、ずいっと身を乗り出してきた。
「そこですよ! そこで貴方の力が必要となってくる訳です。ベテランの恐竜ハンターにして、恐竜研究の分野においても第一人者として名を馳せる松上さんに是非ガイドになって貰いたいと」
松上は軽く嘆息した後、顔を伏せ気味にして答えた。
「本当にアメリカチームの道案内だけでいいんだな。どうせ海上のハンティングまでは手出ししないで欲しいって言われてんだろ?」
「さすがは松上さん、話が早いですね。極端な話、海まで案内してくれたら、後は浜で荷物の番をしているだけでも結構と伝えられているのです」
「…………」
エージェントのスミスは、大きな両眼の少し黄色がかった白目を細くすると、会計の用紙をさり気なく掴んで席を立った。
「では、よい返事をお待ちしていますよ。松上研究員……」
松上晴人が無言で彼を見送った時、グラスの中のアイスキューブがカランと、やるせない音を立てた。