残念な上司に愛の恐竜料理を!
7貫目
水着も心も大胆な森岡世志乃は、意を決して古代の海へと足を浸した。サラサラの砂地が足指の間から滲み出ると同時に波に洗われる。磯臭くなく透明度の高い海水は、原初の地球の記憶を留めていた。オルドビス紀とデボン紀それにペルム紀や三畳紀末の大量絶滅を経験してきてはいるが、生きとし生ける物を育む羊水を思わせる豊かさだ。
「最高! ご機嫌な海を独占できて気持ちいい! 一緒に泳ぎましょうよ、お2人さ~ん」
3丁のライフルを浜辺で銃口を上にして三角形に組む間、ついに森岡世志乃は浅瀬で泳ぎ始めた。吉田真美とセラミックは、無防備な森岡世志乃が得体の知れない海棲生物に襲われて悲鳴を上げない事を確認してから海水に浸かる。波と潮風が2人のセパレート水着を飛沫に濡らせる頃、女性陣はいつの間にか海水浴に夢中となった。
真美さんは、イカそっくりなベレムナイトを追い散らして泳ぎまくる。すっかり身も心もリラックスモードである。
「温暖な気候だね~。世界中のどんな極上プライベートビーチも霞んでしまうわぁ!」
見上げれば翼竜のランフォリンクスが、もの珍しそうに人間を遠巻きにして飛行している。セラミックも任務を忘れて、呑気にはしゃいだ。
「よく見るとアンモナイトがいっぱいいるよ! ちょっとタコっぽい」
波間に漂うアンモナイトがセラミックの接近に驚いたのか、透明な体色を目まぐるしく変化させている。
そのうち豪胆な真美さんが、らしくなく金切り声を上げた。何事かと森岡世志乃が真美さんの元へと馳せ参じると、何と彼女のビキニの上……要するに右乳房に大きめのアンモナイトが吸盤を使ってピッタリとへばり付いていたのだ。
「うわ――――ぁ!」
今度はセラミックが大声を上げた! 彼女のビキニを付けた胸にも中型のアンモナイトが、その腕を伸ばして白い柔肌に吸い付いている。急いで力を加えても、しっかりとしがみ付いてきて、なかなか離そうとはしない。
「こんにゃろう!」
森岡世志乃がアンモナイトの殻を引っ張って、真美さんの巨乳を触手から解放した。
「いや――! 離せ!」
セラミックも螺旋状の殻を摑んで、軟体部がスッポリ抜けそうになるほどアンモナイトを引き伸ばした。
「ハア、ハア……あ~ビックリした!」
真美さんを始め、3人は陸に上がり前屈みになって息を整えたのだ。そして彼女はビキニトップの中に違和感を覚え、右のおっぱいをまさぐった。
「……何だコレは?」
取り出したのは透明に近い、白いカプセル状の物。セラミックも後ろを向いてビキニの中を調べると、全く同様のカプセルが、敏感な部分の上辺りに置かれているのを発見した。
「? ?」
悲鳴を聞きつけて飛んで来た松上晴人が、白々しく『どうした、何があった』と訊いてきた。そしてセラミックから白いカプセルを受け取ると正体を看破したのだ。
「あ~、コレはアンモナイトの精包だね。中に精子がいっぱい詰まったカプセルなんだよ。良かったね、セラミック! アンモナイトの雄からコレを渡されたって事は、彼から求婚された訳だ」
「!……真美さんと私は、アンモナイトからモテモテなんですか……あまり嬉しくないような」
そこまで聞いた白ビキニの森岡世志乃は、ふと疑問に思った。
「なんで私だけアンモナイトからカプセルを貰えなかったのですかね?」
丁度トイレタイムで遅れてやって来た松野下が、松上と目を合わせた後、少し申し訳なさそうに言った。
「あ~、アンモナイトの雄は丸くて大きな柔らかい物が大好きらしい……」
「丸く大きい柔らかい物……」
森岡世志乃は自分の胸元を覗きながら、わなわなと震えた。
「……それは、つまり私には谷間もなく、ボリュームが足りないと言いたいのですか!? もう許せん!」
「わあぁ! 俺じゃないって! 八つ当たりはよせ! 怒るならアンモナイトにだろ」
怒り心頭の森岡世志乃に恐れをなし、αチームのリーダーは砂浜に逃げ出したのだった。