残念な上司に愛の恐竜料理を!
12貫目
「う~ん、困ったな……」
いつもの厨房で、恐竜狩猟調理師見習いのセラミックは割烹着のまま考え込んだ。目の前には、かなり大きな肉の塊が柵取りになっていた。先日ゲットした貴重なオフタルモサウルスである。
今回は自分で料理を一から考えなくてもよく、リクエストがあったのだ。『是非、魚竜を使った和食をお願いします』と。
「目玉ちゃん……私がうまく調理してあげるからね。命を美味しくいただきますよ」
この度のジュラアナ長野へのダイブは、アメリカ調査隊への護衛、輸送任務として高額報酬がすでに支払われていた。別れ際、Dr.のハンクは何を思ったのか、貴重なサンプルであるはずのオフタルモサウルスの尾の身の一部をセラミックに託したのだ。
「これは瀬良さんへの特別報酬……と言いたいところですが、どうか貴女に魚竜を料理して貰いたいのです」
帰国前日にDr.のハンクは、日本でしか味わえない恐竜料理を是非ともお願いします、とのメッセージを送ってきたのである。
「よし、決めた!」
手の平を拳でポンと叩き、セラミックは早速行動を起こした。和食と言えばすし……恐竜ずし、もとい魚竜ずしを作ってみようと。
早速、近所にある父親行きつけのすし屋に訳を話して弟子入りさせて貰ったのだ!
一般にすしは『飯炊き3年、握り8年』と言われるほどの職人技であり、セラミックを始めとする短期バイトのような小娘を寄せ付けない世界でもある。
回転ずしレベルでも問題はなかった。
……何せ相手は本格的なすしなどロクに食べた事もないアメリカ人なのだから。だが、セラミックの恐竜狩猟調理師を目指すプライドと松上に美味いと言わせたい欲求、何より可哀想な目玉ちゃんを美味しく食べてあげたいという諸々の思惑が折り重なり、彼女の背中をドルフィンキックのような見えざる力が押したのだ。
「シャリ玉とオニギリとの大きな違いは含まれた空気の量。飯粒の間に空気を適度に含ませながら握るのがすし職人の技なんだよ。美久さん、手で持った時に崩れない固さでありながら、口の中ですぐシャリが解けていくのが理想的なんだが……簡単に習得できる技だと思ったら大間違いだぜ」
「はい! 大将」
頑固一徹の人相ではないが、恵比寿のような笑顔の下に熟年職人の厳しさを光らせる、すし屋の大将が言った。
「ほら、握るのが遅すぎてダメだ。一瞬の内に握り終えないとね。ぐずぐずしてるとタネが乾いちまうぜ!」
「はい! 手酢をして、右手でシャリを丸め、ネタにワサビを塗って、シャリを乗せたら左親指で空気穴を開け、右指2本でシャリを押さえて、ひっくり返して横も握る、最後に全体を軽く握って完成……ですね」
「完成じゃねえよ。長年、修行をしても完成しないもんだ」
「ひええ~」
「次! すしダネの仕込み!」
「はい! 大将、タネとネタとの違いは?」
「何言ってんだ、同じこっちゃ! いいから早く早く!」
「はい、大将!」
こうして約束の日は、あっと言う間に訪れた。滋賀県守山市にあるカジュアルなカレー屋セラは臨時休業にしてカウンター席もゲストを迎えるために若干のレイアウト変更が成されたのだ。本来繊細な味と香りが命の和食に香辛料の臭いは御法度なのだが仕方あるまい。使い慣れた自宅厨房がベストと判断したためだ。
のどかな昼下がり、手作りの暖簾をくぐって最初に現れたのはDr.のハンク。ジャケット姿に重たそうなスーツケースを従えている。その後ろに見覚えのある面々が連なる。ドアに頭をぶつけそうになったのはマックス。兵舎にいる時と変わらないラフな服装でいつも通しているようだ。すぐ後ろにジョンがいたが、ぴっちりとした上質のスーツを着こなしていた。