残念な上司に愛の恐竜料理を!
7ポンド目
崖下にぽっかり口を開けていた洞窟は、大人2人を迎え入れるだけの余裕があり、幸いな事に奥行きも十分であった。真っ暗な世界は不気味で、足を踏み入れるのに若干躊躇したが、セラミックは銃を構えながら先行する。試しに一発撃ち込んで、何かが飛び出してくるのを待ってみようかと思ったが、弾の無駄使いは止めておこう。
岩がゴロゴロしている内部を見回す。暗闇に目が慣れてくると同時に、先客はいない事が確認できた。
「きゃあああ!」
「何だ、何だ?! 恐竜か?」
セラミックのすぐ足元で、サソリとクモの合いの子のような生物が、岩の隙間へと逃げ出したのだ。
「驚かせるなよ、セラミック……」
満身創痍の松上が、そう呟いた頃、外部では湿った空気に伴う雨の激しさが増してきた。
「取りあえず、キャンプファイヤーでもして明るくしましょうよ」
「キャンプファイヤーってお前……」
松上がセラミックの言葉に苦笑いした時、洞窟の片隅に木の枝でキッチリ組まれた恐竜の巣と思しき物を発見した。
「丁度いい、もう使われていないようだし燃料にしちまおう。残念ながら卵は残ってないみたいだな」
セラミックは、松上からマグネシウムライターを借りると、ナイフで鉛筆を削るように柔らかな金属表面をゴリゴリと粉状にし始めた。
「よし、もういいだろう、着火!」
松上は、石皿上の削り粉めがけてフリントを擦り、火花を散らせる。火口は火種にしたガーゼに、あっと言う間に燃え移った。乾いた恐竜の巣は、2人が暖を取るための最適な薪となったのだ。
「さあ、上着を脱いで下さい。松上さん」
「いやん。何するの」
「もう! こんな時にふざけるのは、よして下さいよ。こっちまで恥ずかしくなっちゃう……じゃないですか!」
無理矢理、彼の上着を脱がすと、左腕の傷は思ったより深くて出血も酷かった。
ハンターは恐竜に咬まれてから、やっと一人前になれると言うが、咬まれた傷でなくてよかった。数ある恐竜の中でも、肉食恐竜の一部に毒をもつ種類がいると報告されているからだ。アロサウルスは、おそらく違うと思うが。
「傷の処置や包帯を巻くのがうまいじゃないか。恐竜狩猟調理師よりも看護師を目指した方がいいんじゃないのか?」
「さっきから人を怒らせるような事ばかり言って! ここに置いてけぼりにしますよ」
「フフフ、君がこの世界で、たった1人になって生きてゆけるとでも……?」
憎まれ口をたたいた松上は、横になると目を閉じた。暫く眠らせた方がいいのかもしれない。そう思ったセラミックは、焚き火の番をしながら吉田真美と中山健一の身の上も案じるのだった。
外部から救助の声がしないか、耳を澄ませながら淡い期待も寄せたが、激しさを増す雨音しかしない。さすがに、あの両名でも危険を冒してまで崖下に降りて来ないだろう。
松上が次に居眠りから目覚めた時、いつの間にかセラミックと一緒に同じ毛布を被っていた。色々と話をしたような記憶があるが、2人で身を寄せ合っていると不思議な安心感に満たされる。
「そう言えば、腹減ったな……」
「確かに、そうですね……ちょっと待って下さい」
安心すると空腹を実感するもので、セラミックは金属製のシエラカップに豊富な雨水を溜めると、火にかけてレトルトカレーを暖める事にした。ついでに、そのお湯でカップラーメンも作る予定。
「私はカレー屋の娘なんで、カレーにつきましては、ちょっとうるさいんですよ」
「ホントかよ~、レトルトカレーは食えないって言うのか」
「とんでもない、色々と勉強させて貰ってます」
カップ麺を2人で分けて啜り、ビスケットをカレーに浸して囓る頃、もうすっかり日は暮れていた。
激しかった雨はいつしか上がり、夜空には満天の星が垣間見えていたのだ。