残念な上司に愛の恐竜料理を!
8ポンド目
ひんやりと薄ら寒い夜の帳が降りる頃、洞窟の外が俄に騒がしくなってきた。
セラミックは、外で倒れているアロサウルスが復活したのかと震え上がり、同じ毛布に包まる松上にぎゅっと抱きついた。
「おいおい、デカい胸をグイグイ肩に押し付けてくるなよ」
「そんな事を言ってる場合ですか! 外で一体何が?」
「屍肉をあさるハイエナのような恐竜どもが、ご馳走を見付けて宴会でも始めたんだろう」
「……ということは、外は肉食恐竜だらけ?」
「そうだろうな。くそっ! 俺のアロサウルスが持ってかれる」
松上が外の様子を伺おうと銃を片手に立ち上がった時、洞窟の外に佇む何かを発見した。焚き火の炎を挟んで、4つ足の鎧竜の群れと目が合ったのだ。
「ぐわっ!」
「いや――! 何、何ィ?!」
洞窟をねぐらにしているガルゴイレオサウルスだろうか。鳥目なので夜間は目も見えず、巣に戻ってくる習性があると考えられた。
「俺達が洞窟を占拠してるから、いい迷惑なんだろうな」
「ごめんね。集まってきた夜行性の恐竜に襲われなきゃいいけど……」
「鎧竜の防御力はハンパないぜ。それより……このままじゃ、おちおち眠る事もできそうにないな」
「交代で焚き火の番でもしましょう」
「じゃあ先に寝てろよ、セラミック」
そう言いつつも銃を抱えた松上は、焚き火を前にして船を漕ぎ、あっと言う間に居眠りを始めた。やはり心身の疲労と共に、怪我のダメージが大きいのだろう。
「松上さん……私が寝ずに番をしますから……」
セラミックは、ぼんやりとしている松上を横にして自分も同じ姿勢になると、子供を寝かしつけるように後ろから抱きかかえた。
真夜中になっても外部では、相変らず恐竜達の気配がする。銃を傍に置き、腕枕して寝そべっていると、松上がうなされるように寝返りをうち、セラミックを抱き締めてきた。
「ちょっ! 松上さん?! 眠れないのですか?」
「…………」
返事はないが、柔らかな胸の谷間に顔を埋めてくる松上は、悪夢でも見ているのだろうか、額に脂汗を滲ませている。左肩の傷が、しくしく痛むのかもしれない。
「大丈夫ですよ、松上さん。安心して眠ってください……」
セラミックは自分より、かなり年上である男の髪を優しく撫でながら、焚き火の炎の中に薪をくべ続けるのだった。
松上の静かな寝息を耳にしていると、橙色に揺らめく炎の照り返しの中、徐々に自分の意識も遠退いてきた。
『ヤバい……このままじゃ、眠っちゃう。私も今日一日で、色々あって疲れちゃったのかな……』
誰かが悪戯っぽく頬を撫でてくる。まだ夢の中なのかな? もう学校に行く時間? いやいや、ひょっとして彼? 松上さん?
セラミックはニヤけながらゆっくり目を開けると、そこはやっぱり見慣れた部屋の天井ではなく、真っ暗でじめじめとした岩壁だった。夜明けを迎えたようだが、松上はセラミックの腕の中でまだ眠っている。
「……という事は……?」
顔を上げたセラミックは、アップになった恐竜の鼻息を顔面に浴びた。剣竜類であるステゴサウルスか何かの幼体に顔を舐められたのだ。
「きゃ――あっ!」
「何?! アロサウルス?」
松上が飛び起きると、のんびり顔で小さな頭の草食恐竜が、特に驚く事もなくキョトンとしている。
「うわ! 何だコイツは!?」
銃を向けるまでもなかった。2人への興味をなくした恐竜は、相変わらずゆっくりとした動作で、洞窟の出口へと、歩を進めていったのだ。背中に並ぶ骨板と尻尾の先端にある4本のスパイクは、まだ短かくてカワイイ。
焚き火は、いつの間にか消えて冷たくなり、すっかり灰だけの状態となっていた。
「……どうにか朝まで無事に生き残れたようだな」
抱き合っていた松上とセラミックは、お互い気まずそうにそっぽを向くと、咳払いをしたり顔を赤くして俯いた。