残念な上司に愛の恐竜料理を!
11ポンド目
その時、原始生活を送る4人家族に不幸な天災の兆しが訪れた。この時代の地球は、まだまだ火山活動も活発で、大地を揺るがすような地震は頻繁に起こり、恐竜を始めとする生物群をしばしば恐怖のどん底に突き落としたのである。
「きゃあああ! また地震? パパ、今度のは大きいわよ」
「ああ、洞窟が崩れちまう! セラミック、急いでニコラとテスラを連れて外に逃げるんだ」
「わああ~ん! 怖いよママ~!」
「大丈夫よ! ママが付いてるから! さあ、行きましょう」
「うげっ! 洞窟の奥から火山性のガスが噴出してきやがった。ここはもうダメだな」
「ええ~! 私達の思い出が詰まった初めてのマイホームが……」
「また不動産屋に行けばいいだろ! おいおい、テスラがまだ寝ているぞ」
「双子なのに随分と性格が違うわね」
「ママ、おしっこもらしたでちゅ」
「おい! 見てみろ、向こうの成層火山……ジュラ富士が噴火してるぞ!」
「わあぁ! 怖い~。でも噴き出すマグマが、夕焼けよりも綺麗……」
「ああ~、パパが作ったホネがこわれたでちゅ」
「くそ! 苦労して組み上げたアロサウルスの骨格標本が~、俺の私設恐竜博物館の夢が~」
「ジュラ紀にヒトは4人しかいないのに、あんまし意味ないわよ!」
「とにかく命あっての物種だ。さあ、みんなで逃げろ」
非常事態において肉食恐竜と草食恐竜は分け隔てなく、一糸乱れぬ隊列を組むかのごとく群れを成し、どこかに向かって避難していた。野生の本能によるものか、危機に対する嗅覚に優れるのか、人類よりも迅速に行動し、統率も取れているような気がしてならない。
全長20メートルクラスの竜脚類、アパトサウルスの群れが移動すると大迫力で、まるで背の高い貨物列車が線路を滑っていくよう。地面は足跡で掘り返され、大木さえも薙ぎ倒しながら水辺まで向かっている。
原始家族も住み慣れたエデンの園を後にすると、子供2人をそれぞれに背負って寄り添いながら大河を目指した。水さえあれば何とか数日は生き長らえるはずだ。
ミニサイズの肉食恐竜が10頭ほど、夫婦の足元をチョロチョロと縫うように走り去ってゆく。コンプソグナトゥスと呼ばれる、飛べない鳥みたいな奴らだ。
空を見上げれば、まだ珍しい被子植物の梢から始祖鳥の集団が、甲高い鳴き声を上げつつ七色の派手な羽毛を翻す。
「アダム、もうダメかもしれないわ」
「誰の事なんだ、アダムって? 俺の名前はジュラ紀でも松上晴人だ! それに、最後まで諦めるな! 地震と火山の噴火なんて日本に住んでりゃ、珍しくも何ともないだろう!」
「ちょっと、危ない! アパトサウルスに踏まれないように気を付けて!」
「馬鹿デカいあいつらも、逃げるのに必死と見える。どうやら地面は、あまり気にしてないようだな」
「パパ~! 前、前! やばいでちゅ!」
「うわあぁぁ! しまった、地割れに落っこちる!」
「きゃあぁぁ! 何なの、この映画のようなベタな展開は?」
火山活動に伴う巨大地震により発生した断層は底知れず、地獄にまで届くようなスケールである。暗黒の口を開けたまま、数多くの生きとし生ける物を飲み込んでも、満ち足りる事はなさそうだった。
「セラミック……俺の事はいいから、この子を……娘を頼んだぞ……!」
「そんな! あなたこそ諦めないで!」
地割れに落ちかけている父親が、双子の片割れを何とか母親に託した時、非情にも木の根を掴んでいた左腕が力尽きてしまったのだ。
地上に残された家族の悲痛な叫び声も、不気味な闇に吸い込まれてゆくだけで、愛する人の元には届きそうになかったのである。