残念な上司に愛の恐竜料理を!
3皿目
現世と同じ空を見ているはずなのに何かが違う。酸素濃度云々も違うと聞いた事があるが、人類の生産活動とは無縁にある大気汚染のない青空は薄気味悪いほど透明で純粋、蒸留水のように混じりっ気なしだった。
ジュラ紀、正確には白亜紀にも近いとされる太古の世界は、生物相が現代と似ても似つかずギョッとする。這い回る虫がとにかくデカい! ゴキブリはグローブほどの大きさがあるし、赤い百足は1メートル級、6枚羽で飛翔するカゲロウも鳩ぐらいだ。ジャングルを構成する木々も銀杏やソテツ以外はなじみが薄く、背の高い蘆木の一種は将来石炭になるのかな、と考えると感慨深い。
サソリを食うドブネズミっぽい人類の遠い祖先も見た。翼竜が落としたのだろうか、道端に転がっているアンモナイトの螺旋状の殻を見付けてポケットにしまい込んだ。面白い土産となるだろう。
軍隊レベルでないと生き残れない過酷な世界と言われているが、“ジュラアナ長野”に命懸けのダイブが始まって以来、未だに死亡者や行方不明者は奇跡的に一人も出ていない。誰が最初の犠牲者になるのだろうか……世界中にいる不届き者から注目されているのが妙に腹立たしい。その第一号は当事国の能天気な日本人に違いないというのが大方の予想。
セラミックはジュラ紀で死亡した最初の人間として名を残す事は絶対に避けたかった。同じく迷子になって、単独でこの世界に置き去りにされる事態など、背筋が凍るようで想像だにしたくはなかった。
「お~い! セラミックちゃん。ペース落ちてるよ。これぐらいで音を上げてちゃあ、置いてけぼりを食らっちゃうよ~」
4人チーム最後尾の松上晴人は先頭から2番目のセラミックを大声で、まくし立てた。チームリーダーである彼は鹿命館大学院の自然科学研究科の研究員にしてセラミックの親友、松上佳音の兄である。ボーイスカウト風のカーキ色の探検服に身を包み、頭に巻く目立つ黄色のバンダナは汗で湿っている。
普段は眼鏡をかけて物静かな美青年を演じているが、一旦ジュラ紀に潜ると性格が豹変し、ハイテンション・イケイケ・スケベ野郎に変身する。まるで酒に酔っているのかと思うくらいに饒舌となり、現代日本で会った時の暗い印象とあまりにギャップが生じるので、二重人格者じゃないかと疑うほどだ。
どちらが本当の性格なんだろう……ジュラ紀突入時の生死に関わる緊張感からアドレナリンが過剰に分泌され、そうなってしまうのだろうか。お堅い仕事に抑圧されていた精神が、古代では原始人ばりに解放されてしまうのだろうか。親友の実の兄に対して失礼だが、本当にこの人は大丈夫なのか思わず心配してしまう。
「松上さん、これでも日が暮れないうちに戻れるよう、精一杯がんばってるんです!」
板チョコが最後尾の男から届けられた。体温で溶けかかっているのが残念だ。
「巨乳人間の化石として将来発掘されないように気を付けて。現代の物をこの時代に残して帰る事は厳禁だからね」
「セクハラだ-」
セラミックはサファリハットから止めどなく流れてくる汗をタオルで拭いながら必死にペースを守る。白いタンクトップシャツに迷彩カーゴパンツのみのラフな服装だが、温暖な気候は盛夏を思わせるほど暑い。濡れたシャツから下着が透けて見えてしまっている。
シダ植物の森は見通しが悪く、いつ恐竜達が襲ってきてもおかしくないような状況で、短くしたショットガンを握る手にもついつい力が入ってしまう。たとえ前方にベトナム戦争時のアメリカ兵を思わせる一流の恐竜ハンターを従えていてもだ。