残念な上司に愛の恐竜料理を!
恐竜プリン 8口目
いよいよ恐竜の卵を使った創作お菓子コンテストの開催日がやって来た。
コンペは滋賀県下の有名お菓子メーカーが主催するもので、会場は地元ホテルのイベントスペースが選ばれた。
エントリーしたのはスイーツ関係者5チームで、セラミックの他には当然、森岡世志乃とフランソワーズ山川組が参加していたのだ。
審査員として主催者である“まねや”社長と重役の他、恐竜牧場の管理者、パティシエ協会会員、そしてなぜか恐竜ハンター代表として松上晴人と松野下佳宏の顔ぶれが……。
セラミックと助手の岡田奈菜は、α・βチームのリーダーが審査員となっている事実を当日まで知らなかった。“まねや”が両チームの大手スポンサー会社となっている関係からなのか。
「しまった! リーダーが出てくる事なんて、ちょっと考えれば予想できたはずなのに……。う~ん、事前に好きなお菓子を、こっそり調査する手もあったなぁ。いや、ズルしないように、わざと伏せられていたのかも。まあ、αチームの松野下さんなら『俺は何でも好き~』って言いそうだけど」
「お姉さん、事情は理解しました。要するに今いるチームのメンバーに残るための条件が、このコンテストでライバルの森岡世志乃組に勝利する事なんでしょ? 大丈夫ですよ、きっと私達の『恐竜プリン』が優勝しますよ」
本番を控えて不安げなセラミックは、真剣な表情をした奈菜ちゃんに励まされた。
「ありがとう、奈菜ちゃん。ケーキ屋さんの娘が付いていれば、正に百人力だね」
「そうですよ。私は生まれた時からスイーツに囲まれて育った、お菓子の妖精みたいなもんですから!」
パティシエ服に映える笑顔を魅せる2人に、遠くからジト目の視線が注がれる。
自称――完璧超人の森岡世志乃である。だが決して口だけの人間などではなく、今回は専門家のフランソワーズ山川が舌を巻くほどの実力を発揮し、その道のプロと見紛うお菓子を完成させてきた。
元々多方面の才能に恵まれており、そこに執念にも近い松上様に対する恋心のパワーが加わったのだ。その結果、見事に味わい・見た目共、納得のいく作品のレシピを仕上げてきた。
「ふん! セラミックさんは、ずいぶんと余裕な表情をかましていらっしゃるようね。一体どんなお菓子を用意しているのやら……本当に今から楽しみですわ。そうよね、フランソワーズ!」
「安心して、世志乃。あなたのスイーツは、絶対にライバルを打ち負かすよ。パティシエールの私が言うんだから、間違いないし」
「ふふっ、そして……ゆくゆくはβチームからセラミックを追い出し、私が代わって松上様のお傍に……草食恐竜系の彼は、あっと言う間に私が放つセクシーな魅力の虜となって……ついに恋の炎を燃え上がらせた2人は愛し合い……うへ!」
「どうしたの? 何を小声でボソボソ呟いているの、世志乃? 人前なのに顔が、とんでもない事態に陥っているわよ……」
「やだっ! え~、……それにしても参加者は、パティシエ養成学校の生徒代表とか、料理レシピのウェブサイトで大人気のお菓子研究家とか、全体的に見てレベルが低いわね」
「う~ん、まあ、恐竜の卵自体が、まだ手に入りにくいし、地方のマイナーなコンテストでもあるしね。でも、いずれは庶民的な食材となって、全国規模の一大コンテストにまで成長していく可能性を感じているよ!」
握り締めたゲンコツを白衣の袖から覘かせるフランソワーズに対し、切り揃えられた黒髪以上に主張する、猫科のごとき瞳を細めて微笑んだのは森岡世志乃。
ペアで創り出したという恐竜の卵を使用したスイーツは、できたての状態を保ったまま、すでにスタンバイが完了している。あとは審査員の前で協力しながら、うまくプレゼンテーションするだけなのだ。