残念な上司に愛の恐竜料理を!
恐竜プリン 10口目
コンテストも佳境に入るころ、真面目そうな司会者のテンションも、いよいよ最高潮に達したような口調となる。
「次のプレゼンターは、森岡世志乃さんとフランソワーズ山川さんの美女コンビです。それにしても2人共、とっても若くて綺麗ですね! さあ、私好みのチーム世志乃は、一体どのようなお菓子を味わわせてくれるのでしょうか!?」
メガネの司会進行役が、『真打ち登場!』といった感じで彼女らを紹介すると、甘い匂いに満たされた会場は、大いに沸き立った。
和風美人の世志乃と目鼻立ちのはっきりしたハーフ系のフランソワーズが、ピシッとしたパティシエール姿で颯爽と壇上に上がると、華やかな空気の中にも凜とした緊張感が走り抜けたのだ。
「いよいよね! フランソワーズ!」
「世志乃、私達の自信作で皆のハートを掴もうよ!」
ハイセンスな皿に盛られた焼き菓子が給仕達により、各審査員の席に配られた。すると同時に会場のモニターに2人の作品が大写しとなる。
まねや社長の弛んだ穏やかな目が普段の1.5倍ぐらいの大きさまで開かれると、隣のパティシエ協会代表の紳士が賞賛の笑顔を綻ばせた。
「……私達が考案したスイーツ、名付けてL'empreinte des dinosauresです。略して『ランプラント』でもいいかな? 名前の通り恐竜の足跡を象った、ひとくちサイズのお菓子なのです」
真っ白な菓子皿の上には、交互にランプラントが足跡のように盛られている。見た目はやや大き目の、もみじ饅頭そっくりだ。つまり馴染み深い和洋折衷菓子でもある。
「これは可愛いらしいデザインのお菓子ですね。早速いただいてみましょう」
まねやの白髪まじりの重役が、ワッフルのような生地にフォークを入れると、中からトロリと黄金色のクリームが溢れ出してきた。続いて、とても大衆向けのお菓子を食しているとは思えないほどの上品な振る舞いで、そのまま半分を口に頬張ったのだ。
「おほ! 中のクリームの濃厚で豊かな事! まるで甘~いマヨネーズのようだ」
森岡世志乃の世話役でもあるαチームのリーダー、松野下佳宏も惜しみない賞賛のコメントを、大袈裟な仕草を交えて連発する。
「う~ん、実に美味しい。実に……実に美味しい。これは本当に美味しいよ。ビバ! チーム世志乃」
無言で試食していた隣の松上晴人が、ついにマイクを取った。
「松野下君~。君は美味しいとしか言えないのか。それより出品者に質問がある」
「!……はい、何でしょうか?」
突如、降って湧いた質問に森岡世志乃も思わず狼狽する。
「この足跡は、竜脚類のディプロドクス科のもので、明らかにヒプシロフォドンの足跡とは違うのでは? つまり材料の卵を提供する恐竜が、ちぐはぐだ」
「はい! すみません。勉強不足でした」
終始、華やかで和やかな雰囲気だったコンテストが、一瞬にして学会会場のようになってしまった。
頭を下げて紅潮する世志乃を目の当たりにすると、フランソワーズが、すかさず助け船を出した。
「お菓子を買って召し上がる一般の方々は、恐竜の足跡の違いなんて殆ど気にされません。それより試食した感想の方はいかがでしょうか?」
「……うん、洗練されているよね。香ばしいパンケーキのような皮も、クリーミーな中身も、恐竜の卵の風味が効いていて美味いと思う」
「ありがとうございます。それもこれも研ぎ澄まされた彼女のセンスのなせる技なのです」
少し動揺して身じろぎもできなくなった森岡世志乃は、フランソワーズの的確なヘルプに心から感謝した。そして彼女らしく凜々しい笑顔を復活させると、己のプライドを懸けて最後までプレゼンをやり遂げたのだ。