残念な上司に愛の恐竜料理を!
恐竜プリン 12口目
然るにβチームのリーダーである松上晴人は、曲がりなりにもセラミックの世話役でもあるので、必ず応援してくれるはずである。だが同時に誰よりも自分に正直で、空気を読まない人であるのも事実だ。
壇上の2人は、まるで合格発表のように手を取り合い、固唾を飲んで審査員席の彼を見守った。
「……う~ん、このプリン美味いね~」
「おおッ!」
セラミックは変な声が出た。奈菜ちゃんも思わずグッと拳を握り締める。
「何を隠そう、私はプリンが大好物でしてね~。自宅の冷蔵庫にもプリンを常備しているほどなんです。もう3度の飯よりも好きなくらいで、なくなったら深夜のコンビニに買いに走る事もしばしば……。いや、お恥ずかしい。今日このような場で、自分の趣味趣向をカミングアウトする事になろうとは……」
「姉ちゃん、やったぜ!」
静まり返った取材陣の向こうから弟の公則が遠慮なく声を上げると、2人に対し――特段、奈菜ちゃんによく見えるように両手を振った。
壇上近くの森岡世志乃は、様々な感情がない交ぜとなり崩れかけたが、衆人環視の中では己を噴出させる事も適わず、わなわなと焦点を失った目で隣のフランソワーズにもたれ掛かる。
「そ、そんな馬鹿な……。は、晴人様……」
「世志乃! まだ負けと決まった訳じゃないよ。総合評価では私達が上回っているはず。結果発表までしっかりしなよ」
フランソワーズが尻を叩いても、世志乃はしゃんとしなかった。彼女の目には、お代りのプリンを要求する松上晴人の照れ臭そうな笑顔が目に入ったからだ。
奈菜ちゃんは来場者の小さな拍手の中、誰にも気付かれないよう静かに退席する父親の姿を確認した。――肝心の結果発表は見ないらしい。いや、もう彼には分かっていたのかもしれない。
これで全ての出品者のプレゼンが滞りなく終了した事となる。
悩ましい待ち時間が……ちょうど火に掛けた鍋に浮かんだ生卵が、半熟に茹で上がるのに必要なほどの時間だろうか……会場に集まっていた全ての人々に共有された。
「え~、皆さんお待たせを致しました。いよいよ第1回・恐竜の卵を使った創作お菓子コンテストの結果が発表される瞬間がやって参りました。正直、私もここまでハイレベルな品評会になるとは事前に予想もしておりませんでしたが。ハイ、無駄口はこのくらいにして……。ああ、ついに結果を記した用紙が私の手元に運ばれて参りましたよ。さあて、さて……おお、――栄えある第1回目のコンテストの結果が、もう私には分かってしまいました。え? いい加減に焦らすのは止めろと? すみません! では会場の熱が冷めないうちにですね……」
地方のマイナーなコンテストとは思えないほどの盛り上がりを見せた会場には、今か今かと手に汗握る出品者の5チームが前のめりとなり、観衆が耳をそばだてる。
恐竜の卵タルトを出品したイケメン3人組の宮川と愉快な仲間達チームは、すでに自分達が優勝したように肩を組んでガッツポーズを出しかけている。
恐竜ベビーカステラをプレゼンした主婦でお菓子研究家の土肥さんは、ほうれい線をくっきり出して笑顔のまま佇んでいる。
恐竜バームクーヘンを編み出したカフェチェーン店経営者にしてスイーツ専門家の山川氏は、自慢の口髭をさすって自信満々だ。
ランプラントを創作したチーム世志乃の美女ペア・森岡世志乃とフランソワーズは、美しいポーズを決めて最後まで自分達をアピールしている。
そして恐竜プリンをひねり出したセラミックチームのキュートな2人組・瀬良美久と岡田奈菜は、祈るように両手を組んで心臓の高鳴りを抑えていた。
「発表します! 第1回・恐竜の卵を使った創作お菓子コンテストの優勝は……!」