残念な上司に愛の恐竜料理を!

恐竜プリン ごちそうさま



 イベント終了時、チーム世志乃は審査員をしていたリーダー達に呼び止められた。松野下佳宏は『よく頑張ったね』という意思を伝えたいのか、世志乃の肩をポンと叩いた。その後、嬉々として言い放つ。

「聞いて驚くなよ。恐竜プリンと、君が考えたお菓子の総合評価は、全くの同点だったんだぜ!」

「そうだったのですか……」

 それでも世志乃は浮かない表情のままだ。

「何て顔してんだい。ちなみに松上君は、プリンより君の作品に高得点を入れてたよ」

「…………!」

 彼女が顔を上げたころ、松上晴人はβチームのリーダーとしてばつが悪いのか、会場から足早に逃げ出してしまっていた。

「松上さんたら……」

 森岡世志乃とフランソワーズ・山川は、出口へと向かう彼の後ろ姿をいつまでも見送った。



 一方、弟と合流したセラミックチームは、どこからともなく登場したスーツ姿の中山健一と一緒にいた。

「なかなかいい勝負だったわね、セラミックちゃん」

「えへへ、そうですか?」

「実はね~。松上リーダーから、ある言付けを頼まれたのよ」

「あのプリンでしたら、いくつか余りがありますが」

「違う違う。年末だけど、久しぶりにジュラアナ長野にダイブ予定なの。βチームの恐竜ハンティングをお手伝いする仕事……あなたにお願いできるかな?」

「……もちろん、OKですとも!」

 セラミックは岡田奈菜ちゃんと抱き合い、まるで優勝したかのようにクルクル回って喜びを分かち合ったのだ。すると、状況がよく分かっていない宮川と愉快な仲間達チームや土肥さん、それに審査員の方々まで釣られたように祝福を始めた。
 周囲からの注目に苦笑いする中山健一は、取り残された弟の公則が何だか不憫に思えてきた。

「ところで、そちらの彼はセラミックの弟さんかな? 優しそうで、なかなかカワイイわね」

 この時、何か良からぬ物を感じた公則は、性別不明な中山健一の言葉にたじろぎ、姉と奈菜ちゃんの背後に隠れようとした事は秘密にしておこう。






 年の瀬が近付き、セラミックが住む街にもクリスマスに向けた飾り付けが目立つようになってきた。寒さを堪え忍ぶよう、両手に息を吹きかけた制服姿のセラミックは、午後の駅前ロータリーで恐竜ハンターチームが乗るライトバンを待っている。

「お~い! セラミック! こっち、こっち~」

 白い大型車の助手席から吉田真美さんが手を振っていた。運転手は中山健一で、眠気覚ましのコーヒーを飲みながら笑顔を見せている。こちらからは見えないが、後席には松上リーダーが乗っているのだろう。

「もうすぐジュラアナ長野行きだから、食料や装備とか色々な買い物に付き合って貰うわよ」

「はい。いつもありがとうございます、真美さん」

「こちらこそ。さあ~出発するわよ」

「あ、ちょっと買い物の前に寄って貰いたい場所があるのですが」

 運転席の男が、コーヒーカップを送風口のホルダーに置いた。

「何よ~セラミックちゃん。恐竜ハンター稼業は忙しいのよ」

 ドライバーの健一君は、めんどくさそうにぼやいたが、真美さんに一喝された。

「まあいいじゃない。あんただって遅刻してきた事を忘れたの? さあ、セラミック! さっさと後ろに乗って頂戴」

 後席にはやはり、仏頂面の松上晴人が乗っていた。車内ではあるが、街中で堂々とナイフの手入れと銃磨きを行っていた。

「こんな所を警察官に見られたら、絶対に銀行強盗か何かと勘違いされて逮捕されちゃいますよ」

「挨拶もそこそこに……ホントに五月蠅いよ、セラミックは。全く……」


 セラミックが寄り道して欲しかった場所は、他でもなくケーキ屋“zizi”だった。岡田奈菜ちゃんによると、クリスマスに向けた商戦の一環で、あの『恐竜カスタードプリン』を新作スイーツとして完全再現販売するそうなのだ。しかも職人の知識と経験を活かして、値段も庶民的なままで。

「松上リーダー、プリンですよプリン。私が考案した『恐竜カスタードプリン』が、クリスマスシーズンにどれだけ売れるのか、本当に今から楽しみだな」

「限定プリンか、プリンパーティでも開催するか」

「ダメですよ。恐竜プリンは、子供達を喜ばせるために考えたんだから。大人の買い占めは禁止です」

 前席の真美さんと健一君にクスクスと笑われた。

「あら! 松上研究員、残念だったわね。リーダーは自宅で1人、プリンで満たした風呂にでも入ってればいいんだよ」

「うえ……想像しただけでも気持ち悪い。お肌にいいんなら私も入るけど、糖尿病になってしまいそう」

「入るんかい~!」

「お前ら、いい加減にしてくれ」

「あははは……」

 ディフォルメされたアロサウルスのマークが入ったβチームの白いライトバンは、笑い声に満たされたようだ。そして駅前ロータリーからケーキ屋“zizi”に向けて、静かにハンドルを切って進み始めた。

 遙かな遠方に見える比叡山の頂。そこには白い雪の帽子が、まるで粉砂糖を振りかけたように、澄んだ大気の中に浮かんで見えていた。
 寒い季節でもセラミックの頭の中は、うだるような暑さのジュラ紀の世界で一杯となっていたと思う。



  【終わり】
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