きみは林檎の匂いがする。
「ここは割り勘にしましょう」
「ダメよ。私が誘ったんだから」
零士くんとの時間は意外にも穏やかに終わった。
喫茶店を出ると雨は上がっていて、曇天だった空にはすじ雲が浮いていた。
……なんだか不思議な気分。
零士くんに会う前は心がギスギスしていたのに、今は天気と同じように清々しさも感じていた。
「零士くんはこれからどこかにいくの?」
「大学に行きます。綾子さんは?」
「私は家に帰るわ。部屋の掃除もしたいし」
彼に抱かれたシーツを洗い、お風呂をピカピカにして、ついでにいらないと思うものはすべて片してしまおう。
「あ、そういえば、ひとつだけ言い忘れていたことがありました」
駅に向かおうとする零士くんの足が止まった。
「なに?」
「佑介さんの浮気相手、俺じゃないですよ」
「ええっ!?」
周りを歩く人が私のことを見るくらいの大声を出してしまった。
「相手は俺の友達です。スマホが壊れたって二か月くらい前に俺のスマホから佑介さんと連絡を取ってた時期があったんですよ」
「ま、待って。だってさっき佑介とは身体を暖め合う純朴な付き合いだって……」
「ああ、それはたまにスポッチャに行って汗を流すことがあるって意味です。もちろんふたりきりじゃないですよ。佑介さんはたくさんいる友人のひとりです」
「そう、だったのね。ごめんなさい。勘違いして」
「いえ。俺もちょっとまぎわらしい言い方をしてしまいました」
零士くんが佑介の浮気相手じゃなかったと知って、肩の力が抜けていく。