きみは林檎の匂いがする。
「綾子さんは佑介さんとこれからどうするんですか?」
「彼が海外出張から戻ってきたら自分から別れを告げるつもり」
浮気されていたことも、大きな秘密があったことも、隠されていたことはムカつくし、許せないけれど、別れようと決めた理由は他にある。
私は最近、佑介の笑った顔を見ていない。
私も佑介の前で笑っていない。
付き合っているからと身体を重ねても、心は重ならない。
だからこれからは、彼は彼なりの、私は私なりの幸せを見つけていくべきだと思う。
「綾子さんならすぐにいい人が現れますよ」
「みんな決まってそう言うのよ」
「俺は本気で思ってます。綾子さん、すごくいい匂いしますから」
「それって関係ある? どんな匂い?」
「林檎の香りです」
その瞬間、ふわりと優しい風が私たちの横を通りすぎていった。
風に乗って零士くんから香ってきたのは、先ほど食べたタルト・オ・ポム・ルージュよりも甘い匂い。
運命なんて信じない。
そんな乙女みたいなことを夢見る歳でもない。
でも運命にはたくさんの意味がある。
それは恋人じゃなくても友情を意味する運命もきっとあると思う。
「今度、俺と飲みにでもいきます? 次は奢りますよ」
「零士くん、未成年じゃない」
「来月には二十歳になるので大丈夫ですよ」
「じゃあ、私の行きつけの焼き鳥屋ね。クーポンがあるのよ。鶏皮無料券」
「お、いいですね」
零士くんがくしゃりと笑う。
この日、私には――
19歳の友達ができた。
END