きみは林檎の匂いがする。


今の会社に入ってすぐの頃に、職場の上司に連れてきてもらったのが最初だった。

あの時は大人の階段を一気に登った感じがして胸が踊った。

でもプライベートでこの喫茶店を訪れることはなかった。


手取りは20万弱だし、ランチやお茶をする店はもっぱらクーポンが出ているところに限る。

そういう庶民派の感覚も似ていたはずなのに、彼はどんどん出世して今ではタワーマンションに住んでいる。


妻としての居場所を与えてくれたら、傍にいることも躊躇わないのに、私は三年間彼女のまま昇格することはない。

ホットコーヒーがふたつ運ばれてきたあとに、私から静かに話を切り出した。


「単刀直入に聞くけど、佑介とはどういう関係なの?」


この美少年のことを知ったのは、二か月前だった。


前兆はずっと前からあった。

仕事の付き合いだと飲み会が増えて、私との約束をキャンセルすることも珍しくない。 

これは女の直感としか言いようがないのだけれど、ああ、いるな、と。 

私の約束よりも優先している誰かが。


そんな時に、【昨日はどうもありがとうございました。次までに歯ブラシ新しいのに替えておきますね】と、明らかに仕事の内容ではないメッセージを目撃してしまったのだ。

正直、スマホを勝手に見ることはルール違反だとわかっていた。

けれど佑介は入浴中だし、無防備に置かれたスマホからのメッセージ通知を無視するほどの余裕は私には持ち合わせていなかった。


【お前といる時が一番楽しい】
【また会いたい。我慢できない】
【好きだよ。愛してる】

絵文字なんてほとんど使わないはずの佑介が私ではない人に送ったメッセージは、想像するよりも衝撃で、吐き気がするほど甘かった。

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