きみは林檎の匂いがする。
「佑介さんには、まあ、可愛がってもらってますよ」
宇津見零士がゆっくりとコーヒーを口につける。
高身長、高学歴、高収入の佑介が、火遊びのひとつやふたつしていることには驚かない。
それぐらい普通かなとも思うし、ショックだけれど、彼女としてのポジションは譲らないという強い気持ちもあった。
けれど、彼がとろとろに甘いメッセージを送っていた相手が……この男の子だったから、私はこの二か月間どうするべきかをずっと考えていた。
「佑介さんは、今日俺とあなたが会うことを知っているんですか?」
「いいえ。あの人はなにも知らないし、気づいてないわ」
「そうですか」
彼はもう一度静かにコーヒーを飲んだ。
浮気のことを佑介に問いたださない代わりに、私は届いたメッセージの名前からSNSを見つけだした。
【初めまして。江森佑介の彼女です。一度直接お話できませんか?】
そんなダイレクトメッセージを送ったのは、昨日のこと。
今日から海外出張にいっている佑介は今頃、現地に到着して、堪能な英語で取引をしていることだろう。
どんな取引よりも、怖い話し合いがこの小さな喫茶店で行われているとも知らずに。
「呼び方、綾子さんでいいですか?」
「ええ。じゃあ、私は宇津見くんでいいかしら」
「零士のほうが呼ばれ慣れているので、そっちでお願いします」
「わかったわ」
零士くんを呼び出したのは他でもない。
彼に浮気のことを問わなかったのは、単純に私が真実を知ることを拒否したかっただけ。
だって、ありえないもの。
若い女の子ならまだしも、火遊びの相手が男の子だなんて。
「彼から金銭の援助でも受けているの?」
「はい?」
「可愛がってもらってるってことはそういうことじゃなくて?」
「たしかに食事代は出してもらうことのほうが多いですけど、援助とは違いますよ。あくまで佑介さんとはフェアな関係だと思います」
「フェアな関係?」
「会いたい時に会って、身体を温め合うような、そんな純朴な付き合いですよ」
零士くんの言葉にドキリとした。