きみは林檎の匂いがする。
「すみません。タルト・オ・ポム・ルージュと紅茶を2セットお願いします」
私は通りかかった店員を呼び止めて、追加の注文をした。
「そんなに食べるんですか」
「違うわ。ひとつはあなたの分よ」
「え、俺の?」
「なんだか糖分が足りないの。こうなった原因は浮気相手の零士くんにもあるんだから一緒に食べてよ」
「まあ、はい。いいですよ。むしろ甘いものは好きなので大歓迎です」
しばらくすると、白いお皿に乗ったケーキが運ばれてきた。
ふわりとシナモンの香りがして、シルバーのタルトナイフで一口サイズに切ると、サクサクのパイの中からりんごが出てきた。
初めてこの店に来た時、タルト・オ・ポム・ルージュがりんごタルトのことだって知らなかった。
そうやって、ひとつひとつ学んで恥もかいて、大人になった。
もう29歳でああだこうだと言い訳できない年齢だというのに、恋愛だけはいつになっても下手くそのまま。
私は本当に佑介と結婚したかったんだろうか。
結婚したいから、佑介と付き合ったんだろうか。
自分のことなのに、それすらも分からない。
私はタルトをきれいにフォークに乗せて、ゆっくりと口に入れた。