きみは林檎の匂いがする。
林檎と言えば、前に誰かにこんな話を聞いたことがある。
運命の人に出逢うと、林檎の匂いがすると。
アダムとイヴからきているとか、生まれ変わりを意味する輪廻がりんごに似ているからとか、理由は諸説あるらしいけれど、私は佑介と出逢った時、林檎の匂いはしなかった。
したのは、甘いたばこの香りだけ。
運命とか、そんなことを言っているから私はダメなんだろう。
はあ、とため息をつく私とは真逆に、零士くんからは明るい声が聞こえてきた。
「このりんごタルトめちゃくちゃうまいですね!」
第一印象は無気力で、あまり喜怒哀楽がなさそうな感じがしていたけれど、美味しそうにタルトを食べる零士くんは子犬みたいで可愛かった。
「ねえ、零士くんって何歳?」
「19です」
「うわ……」
「いや、それどういう意味ですか」
若いことは分かっていたけれど、10代ってだけで自分とは次元の違う生き物のように思えてしまう。
肌も綺麗だし、髪の毛の艶々だし、若いっていいな。無限の可能性を秘めていて、キラキラしてる。
「学生?」
「はい。東大の経済学を勉強してます」
「と、東大?」
「起業もしてます。収益ないですけど」
「起業……」
驚きすぎて、言葉をおうむ返しすることしかできない。
顔も良くて、スタイルも良くて、東大生で、起業してるって、どんなスペック?
私なんてパソコン入力が主な仕事の一般事務。
社内外で必要な書類を作成したり、郵便物の仕分けや電話対応もするけれど、資格スキルは必要ない仕事だ。
結婚もできない。給料も上がらない。なんか私って、本当になんにもないなって思う。