天満つる明けの明星を君に②
天満とふたりきりとはいえ、ふたりになる時はあまりないと分かった。

とにかく暁がひっきりなしに出入りするため、ちゃんとふたりきりになれるのは、寝る時だけ。

暁はよく鍛錬してよく食べてよく眠る。

始終その世話をしている雛乃は、部屋に戻るとうとうとしてしまって火鉢の前に座って身体を揺らしていた。


「あれ、衝立が隅にあるけどどうしたの?」


「あれは…なんというか、距離を感じるので、やめました。天様はあった方がいいですか?」


「いや、君がそれでいいならいいよ。じゃあ僕から提案があるんだけど」


抹茶と水ようかんを手に雛乃の正面に座った天満は、左耳に伸びた前髪をかけてふっと笑った。

その仕草が色っぽくてどきっとしていると、天満は雛乃に茶を差し出して小首を傾げて見せた。


「僕が君を他人行儀に‟雛乃さん”なんて呼んでると、吉祥は疑うと思うんだ。だからこれからは‟雛ちゃん”って呼んでいいかなって思って」


――天満は以前夢現に”雛ちゃん”と呼んだことがある。

それを言わなかった雛乃は、そう親しく呼んでもらえることが嬉しくて、すぐ頷いた。


「私は全然構いません。でも天様は…天様でいいんですよね?」


真名を知っているとは言え、それを不用意に呼ぶと大変なことになる。

本人の許可があればどうということはないが、男女が真名を呼び合うにはそれなりの覚悟が必要になる。


「うん、まあそれでいいよ。ほら、これ食べて。美味しいよ」


天満はいつも心に寄り添ってくれる。

芙蓉は長い間独り身を貫き通したと言っていたが――生涯嫁には行かないと豪語したため、易々とそれを翻して告白するわけにもいかなくなっていた。

そしてやはり身分違いというのが、ずっと引っかかっていた。

告白すればもしかしたら一晩位は共にしてくれるかもしれないけれど、だからといって真に受けて嫁にしてくれるかもしれないなんて甘い考えは持たない方がいい。


とにかく一歩一歩――

今は衝立を無くすことで精一杯。
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