天満つる明けの明星を君に②
天満が思っていたほどに家の中は汚れていなかった。

元々まめな性格で、妻子を失ってからしばらくの間はぼんやりしていたものの、このままでは駄目だと奮起して田畑を耕したり掃除をしたり――刀の訓練も怠らなかった。

いつか再び、心を支えてくれた朔の役に立てるように、と。

いつか再び、転生した雛菊を今度こそ守れるように、と。


「天ちゃん、お腹空いちゃった…」


「そうだね、何か作ろうか。…とはいっても食材がないな、どうしようかな」


「ごめん下さいまし」


一通り掃除を終えた後時を計ったかのようにやって来たのは宿屋の番頭で、手には卵や肉、野菜など食材の入ったざるを持っていた。

すぐさま夜叉の仮面を付けて天満の背中に隠れた暁に丁寧にお辞儀をした番頭は、久々に帰って来た天満に室内へ促されたが、仕事があるからと天満にも深くお辞儀をして帰って行った。


「あの人だあれ?」


「宿屋の人だよ。後で挨拶に行こうね。そうだご飯ご飯。食べたらお風呂に入ろう。ぽんも入る?」


「おらは熱いお湯は苦手なんで後で水浴びしまさあ」


「じゃあぬるま湯を用意しておいてあげる」


雛菊の母の芙蓉は料理が苦手で日々研鑽を積んでいるが、暁は器用で幼いながらも料理が上手だった。

何故なら、天満が母の息吹仕込みの腕を暁に教えたからだ。

刀術も料理も天満仕込みの暁は、卵粥を炬燵に入って食べながら、きょろきょろ部屋を見回していた。


「天ちゃんじゃない人の匂いがする」


「僕のお嫁さんかなあ。僕も…」


雛菊の、ふんわりした甘い香り――まだ覚えている。

忘れたものなど何ひとつなく、ただ現実として雛菊が居ない――それを痛感する日々。


「天ちゃん、お片付けしたらお風呂入ろ。背中流してあげる」


やや顔色が曇った天満に必死になって笑いかけてきた暁に笑みを返した。

風呂に入ったら、次は形見分けだ。

鏡台の引き出しは、もうずっと開けていない。

引き出しを開ける日が来るなんて、と独り言ちて、暁と後片付けをした。
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