天満つる明けの明星を君に②
自分自身と全く同じ声であり、話し方だった。

幾度となくその声を自身の内側から聞いてきた雛乃は、差し込まれた天満の手を掴んでわなわな身体を震わせた。


「雛ちゃん…?」


問われたが、なんと返せばいいのか分からず、少し剣を含んだ内側の声が恐ろしく、首を振って俯いた。

顔を上げた天満は雛乃に怖がられたと思い、少し行き過ぎた行為だったかと反省して雛乃から距離を取った。


「ごめん、ちょっと先走りすぎたかな…」


「天様は…悪くありません。…あの、私失礼しても…」


「うん、いいよ。僕もすぐ上がるから」


許しを得たものの雛乃の顔色は真っ青で、天満はそれが気になったものの――暴走しそうになったことを反省して、雛乃が出て行くと、湯船から出て冷水を被った。


「なんなの…?やめて…やめて、誰なの…?」


内側から聞こえる声は止み、もう聞こえない。

頭がおかしくなってしまったのかと疑いながら湯着を脱ぎ、身体を拭くことも忘れて浴衣を着て風呂場を飛び出て行くと、誰も居ない場所を求めて長い廊下を小走りに駆けた。


――今までは、話しかけてくることなどなかった。

勝手に見たことのない光景を見せられて悶々とさせられて悩まされた。

だが今回は明快に言われた。


‟天満に手を出すな”と。


「誰なの…?私…頭がおかしくなったの…?」


ようやく一歩先に進めると思った矢先に、これだ。

天満は祖父――つまり晴明に訊いてみると言っていたが、この声のことは言っていない。


「ここなら誰も居ない…」


この屋敷は無数に部屋があり、使用されていない部屋もある。

客間に逃げ込んだ雛乃は、部屋の隅で座布団を胸に抱えて座り込んだ。


「そうだ、これ…」


自分は捨て子だけれど、産着に入れられていた簪を懐から取り出した。

これだけは肌身離さず今まで持ち歩いて来て、心の拠り所となっていた。


「落ち着かなきゃ…」


繰り返しそう呟き、自分自身に言い聞かせた。
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