天満つる明けの明星を君に②
「先走りすぎました…」


朔は、百鬼夜行から戻って来るなり縁側で待ち受けていた天満のしょんぼり顔を見て肩で息をつき、愛刀の天叢雲を居間に向けて放り投げて天満の隣に座った。


「で、最初から話すつもりは?」


「話します。何か助言があればなんでもお願いします」


――天満が語った風呂場での出来事は、色恋に不慣れな天満にとって勇気ある行動だっただろうし、朔にとってあまりにもこの弟が可愛らしすぎて笑いを堪えるのに必死だった。


「そうか。だけど嫌がっている感じじゃなかったんだろう?」


「最初はそう思ってましたけど…途中なんか…はっとする顔をしてて」


「つまり?」


「誰かに声をかけられたような顔をしたんです。その後急に青ざめちゃって。僕もそれで我に返ったのである意味助かったんですけど」


雛乃が時々見る幻視の類については、何かひっかかりがあった。

何かで見たような、そうでないような――晴明に相談すると言って雛乃を安心させた天満には感心したものの、朔は大きく後方に身を反らして伸びをした。


「俺も少し手助けできるかもしれないから調べておく。そういえばお前、雛菊に何か渡すんじゃなかったのか?柚葉に何か作らせていたと聞いているが」


「ああ、そうなんです。ちょっと無理を言ってしまったんですけど、思っていた以上の物を柚葉さんが作ってくれたので、今度渡そうと思って」


もやもやしていたことを朔に聞いてもらって少し気が晴れたのか、天満の表情が明るくなったのを見て安心した朔は、放り投げられてぶつぶつ文句を言っている天叢雲を引き寄せて肩を叩いた。


「で、雛菊としての記憶は全然戻っていないのか?」


「そうですね、でも僕はそれでもすごく嬉しいです。傍に居てくれるだけで。…また会えただけで」


「ふうん、その割には手を出そうとして驚かせたくせに」


「!それは…」


振り返らず声を上げて笑った朔が居間を出て行くと、天満は懐から柚葉に作らせていたものを取り出して、その包み紙を見つめていた。


だが――

吉祥から逃げ回ることで自然と身に着けた気配の完全遮断術を持っていた雛乃が――その会話を聞いていたことを、天満も朔も、知らなかった。
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