天満つる明けの明星を君に②
言い争う声を聞いた雪男は、居間で茫然と立ち尽くしている天満を見つけてその肩に背後から軽く手を置いた。


「おい、どうした?」


「…僕が…雛ちゃんを怒らせたみたいなんだ」


「はあ?あの雛乃が怒ったりするのか?ま、とにかく今から謝罪を…」


「あれは…本当に怒ってた。僕がいけないんだ。僕が雛ちゃんを…‟雛乃”と‟雛菊”を混同してるから」


その話を聞いた雪男は、それは仕方ないのではないかと言いかけてやめた。

天満はもうずっと、雛菊を待っていた。

この長い生の間に出会えるかどうか――もし出会えなかったら、その命を絶つことは間違いなかった。

奇跡的にも暁が産まれてくれたおかげでかろうじて希望を持って生きながらえていた天満が、今雛乃から拒絶されたら…どうなるだろうか?


「少しそっとしておいたらいいんじゃないか?主さまに相談しておいた方がいい」


天満から返答はなく、肩に置いていた手を除けた氷雨は、真っ直ぐ風呂場に向かって朔が出てくるのを待った。


「待ち伏せなんてして何してる」


「天満の様子がおかしい。雛乃と何かあったみたいだから話を聞いてやってくれ。結構緊急事態だ」


普段大らかな雪男が気難しい表情でそう言うからには、結構な大ごとだ。


「お前はお祖父様を呼んでくれ。俺が今から話を聞いてくる」


「慎重にな。間違った選択をするとあいつ…」


――死ぬかもしれない。


その言葉を雪男は呑み込み、朔は髪から滴る雫を手拭いで拭きながら、その言葉を聞いたかのように頷き、居間に向かった。
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