天満つる明けの明星を君に②
天満の話を聞いた晴明は、狩衣の袖をゆっくり払いながら何とはなしに指で印を結んだ。


「それは銀の言う通り、微かに残っている雛菊としての意識が雛乃に語りかけているのかもしれないね」


「雛ちゃんは…雛乃はそれをとても嫌がっているように見えました」


「鬼頭という一族において、輪廻転生は珍しいことではない。そして大抵は前世の記憶を持ち合わせているわけではなく、唐突に啓示のようなものが下りてきて思い出す者が多い」


「雛ちゃんも同じだと?」


「雛菊がなんと話しかけてきたかによるが、批判的なことでなければ雛乃が受け入れたならば融合できるだろうね。だが受け入れなかった場合、雛菊としての記憶は蘇らぬ」


静かに話を聞いていた天満は、内心余計に混乱して眩暈を覚えていた。

…今となっては前世を思い出してほしいわけではない。

出会って一目で雛菊と分かったのだから、もう一度出会い直して好いてくれたならば、もうそれ以上のことは望まないと思っていた。

雛乃を愛しているのか、雛菊を愛しているのか――問われたならば、即答できる自信はなかった。


「天満、お前はどうしたい?」


「僕は…僕は雛乃を否定するつもりはないし、雛菊を否定するつもりもありません。僕は言うならばふたりの女を愛しているといっても過言はありません。どうしても、分けて考えられないんです。僕はおかしいんでしょうか」


「おかしくなんてない。お前の決意は固いんだから、雛乃が接触してくるまで待った方がいい。そうですよね、お祖父様」


「そうだね、変に刺激せぬ方がいい。そなたの意思は固いのだから、待っていなさい」


――自分は恵まれている、と感じた。

その点雛乃は――どうだろうか?

幼い頃から厳しい環境に置かれて、誰にも頼れぬ状況で、芙蓉たちに心開いて本心を語ってくれるだろうか?


「雛ちゃん…」


雛乃も、雛菊も、耐え難く大切な存在。

ふたりともこの手で幸せにしてやりたいと思うのは、おこがましいことなのだろうか?


けれど、誰にどう言われようとも、想いは変わらない。

今は忍耐の時――

雛乃が困難を乗り越えてくれることを、信じていた。
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