天満つる明けの明星を君に②
普段は使われていない客間に通された雛乃は、次いで入って来る雪男を振り返った。

側近として朔の傍には常に雪男が居る。

なので、ふたりきで話をすることはないのだと少し緊張が解けたのも束の間――雪男の白皙の美貌には何かを堪えているような複雑な色が浮かんでいた。


「まあ座ってくれ。あまり緊張されると、こちらも緊張してしまう」


雪男が襖を閉めて出入り口の前で胡坐をかくと、朔は庭に通じる障子をぴったりと閉めて座布団を指して雛乃に座るよう示した。


――天満も雛乃も、同じように憔悴している。

天満を突っぱねた雛乃の方がよりその色が濃く、後悔の色は深く滲んでいた。


「あれ以来天満とは一言も話していない…そうだな?」


「…はい」


普段朔とこうしてほぼふたりきりの状態で話すことはない。

本来多忙なこの当主の貴重な時間を割いてしまったことが申し訳なく、深く頭を下げた雛乃は、その顔を上げることができないでいた。

何より全てを見通しているかのような、聡明なその目を見ることができない。


「今後も天満と話すつもりはない…という解釈でいいんだな?」


「…」


頭を下げたまま肩を震わせている雛乃にその意思があるのかどうか――朔には見極める必要があった。

やはりあの弟をこれ以上苦しめるわけにはいかない。

排斥して、二度と会わせないようにする――それ位は指ひとつ鳴らせば簡単に手配できる。

また先程確認したのだが、雪男もまた同じ気持ちだった。

もう随分前だが忘れることのできないあの惨状を共に見たのだから、自分と同じ…もしくはそれ以上に天満の幸せを願っている雪男ならば、今日中にでもこの屋敷から出て行かせることは可能だ。


「では問う。これからどうするつもりだ」


雛乃は顔を上げない。

だが朔は辛抱強く待った。

ずっと待つつもりでいた。
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