天満つる明けの明星を君に②
天満と雛乃が揃って顔を合わせたのは、実にひと月が経とうとしていた。

すっと背筋が伸びていかにも良家の出自の者と一目で知れる天満の顔には、少しやつれたような陰影が見て取れた。

…こんなにも優しくて温かく迎え入れてくれた天満を何故拒絶してしまったのか――今になって、激しく後悔している雛乃は、目の前に立った天満を久々にじっと見つめた。


「ごめんね、どうしても話をしたいなと思って。…今、大丈夫?」


「…はい。私こそ…その…ずっと避けてしまっていて…」


雛乃が謝ると、天満はふっと安心したような微笑を見せてどきっとさせた。

そして導かれるままに庭の裏手側に回って竹林の見える客間の縁側に腰かけると、かける言葉を見つけられず、ただただ俯いていた。


「朔兄からどんな話をされたか、訊いていい?」


「…ここを、出ていくようにと」


はあ、と小さくため息をついた天満は、それで、と先を促した。


「あと…天満様は縁談をするから、この先のことは心配するな、と」


――それは初耳だった。

一瞬目を見張った天満だったが、俯いている雛乃がそれに気付いていないことを知ると、その朔のとんでも話に乗っかってみることにした。


「そうみたいだね。相手は誰か知らないけど…もう別に誰でもいいかなって思ってる」


「…主さまもそう言うと思うって言ってました」


さすが知り尽くされているな、と苦笑した天満は、輝夜の助言通りに少し攻めの姿勢に出ることを決めていたため、呼吸を整えて囁いた。


「雛ちゃん以外をお嫁さんに貰うんだったら…誰でもいい」


「…私は雛乃です」


「うん、知ってるけど」


「…雛菊様ではありません」


「うん、どっちも僕が知ってる雛ちゃんだよ。…雛ちゃんごめんね、そこだけは変えられないんだ。偽れない。目の前に居るのも雛ちゃ…雛乃だし、僕のかつてのお嫁さんは雛菊だった。それは変わらないし、僕の想いも変わらない」


…どうしてこんな何も持っていない自分が求められるのだろうか?

自分が雛菊の生まれ変わりだから、大切にしてくれるのでは?


「私…私…何も…持っていません…」


「何も持ってなくていい。雛ちゃん、僕と最初から始めない?最初から、恋をしてみない?」


膝の上で固く握られた雛乃の手を天満がやわらかく握った。

血潮が全身を駆け巡る。

この人が、欲しいと――







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