天満つる明けの明星を君に②
「まずはさ、その敬語やめない?」


少ない荷を解いていた雛乃は、え、と声を上げて首を振った。


「それは…いきなりは無理です。だってあなたは私たち鬼族の始祖とも言うべき血筋の方で…」


「いやいや、祖父までの時代だったら色々堅苦しい面があったかもしれないけど、僕には必要ないよ。敬語を使われると、なんか距離があるみたいでちょっとやだなって思って」


――そう言われるとそうかもしれないが、染みついたものはなかなか取れない。


「徐々に…であれば…」


「そうだね、徐々にでいいよ」


久々に天満と同室になってがちがちに緊張していた雛乃だったが、天満の態度があまりにも自然なため、足を崩して胸を撫で下ろした。


「暁様はここを出て行かれたんですか?」


「うん、君が戻って来たらきっと悪夢も見なくなるかもしれないって言ってたよ」


「そうですか…」


…天満にとって‟雛乃”も‟雛菊”も同じであって区別のつけようもないが、雛乃は区別をされたがっている。

その気持ちを尊重しようと決めた天満は、兄たちの助言に則って膝をつきながらじわりと雛乃に近付いた。


「な…なん…ですか?」


「別に理由はないけど、妙に距離を取られてる気がして」


「そそそ、そんなこと!な…い…ですけど…」


「最初からはじめようって言ったけど、雛ちゃんの定義だと、手を繋ぐところからだったっけ?じゃあ手を繋ごうよ」


眼前で大きな手を開いたり閉じたりして笑みを浮かべているそのあまりの輝きに目が潰れそうになった雛乃が手を差し出せずにいると、天満が問答無用で雛乃の手を取って指を絡め合わせた。


「あ、あの…っ、なんか恥ずかし…」


「こんなことで恥ずかしがったらこの前のお風呂でしたことみたいなの、できないんだけど」


かっと顔が赤くなった雛乃にとりあえず満足した天満は、ゆっくり指を解いて雛乃の耳たぶにそっと触れた。


「天満…様…っ」


「これでもゆっくりのつもりなんだけど」


「だ、駄目です、駄目…」


「可愛いなあ」


そう言うとさらに雛乃の顔が赤くなり、理性が暴走しかけた天満は慌てて手を離して目をさ迷わせた。


「嫌ならすぐ言ってね。なんか…ちょっと…暴走するかもしれないから」


こくこくと頷いた雛乃とふたり――

その時は、あまりにも楽しくて、ふわふわした。


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