天満つる明けの明星を君に②
憤懣やるせなく、明らかに背中が怒っている紬を数歩離れて追いかけていた天満は、自らが女に対してあまり気遣いのできない男であることは十分知っていた。

どこかからの会話の流れでこうなったのだろうが――分からない。

怒気をはらんだ足取りで幽玄町への帰路を行く紬に謝罪したいものの、紬の性格からしてこちらが理由が分からないまま謝ったと知られたら…また怒られる。

なので黙ってついて行っているのだが…


「あっ」


「!おっと」


紬が何かに躓いてよろけると、すかさず手を差し伸べた天満は、やんわりと紬の背中に手をあてて支えた。

足元に目を下ろすと、紬の下駄の緒が切れていて、しかも親指の股には血が滲んでいる。

…まあ、あの足取りならこうなるのも仕方ないかと思ったが、それを口にすると怒られそう、というのも分かっていたため、紬が顔を上げるまで黙っていた。


「すみま、せん…」


「緒が切れたんだね、じゃあほら」


「…じゃあほら、って…?」


背中を向けた天満に訝し気な視線を送った紬だったが、天満は紬を背負う気満々で、紬の顔が一気に引きつった。


「な…っ、おやめ下さい!」


「まあ遠慮しないで」


「遠慮じゃなくて…っ、嫌です!」


「恥ずかしい?紬が小さい頃はよくおんぶして…」


「もう私は童ではありませんので!」


…大や超のつく激怒。

しかしさすがの天満も怒られづくめでしょぼんとしてしまい、捨てられた子犬のような表情を浮かべた天満のしょぼしょぼっぷりにはっと我に返った紬は、痛む右足に顔をしかめて蹲った。


「…恥ずかしいので…」


「人に見られるのが?」


「…それも…ありますけど…」


「じゃあ見られなかったらいいんだ?」


「え?な…ちょ…て、天様!」


――ひょいっ。

軽々と紬を抱き上げた天満は、助走も軽くふわりと宙に浮いた。

唖然として言葉もなく離れてゆく地上を見ていた紬だったが――


「ちょっと速度上げるから口を閉じててね」


「え、えっ、きゃあーつ!」


誰かに見られないように、という要望を叶えるべく、一気に速度を上げたが――

屋敷に着いた頃には紬は気絶してしまい、朔たちに散々また怒られた。
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