天満つる明けの明星を君に②
「だまって出かけちゃってごめんなさい」


壁に向かって正座したままこちらを見ようとしない雛乃の背中を見つつ正座して平謝りの天満は、どうにか許してもらおうと冷や汗をかいていた。

雛乃は、雛菊よりもどうやら気が強い。

そういった小さな発見にいちいち感動していたりするのだが、それは口にせずとりあえず謝り続けていた。


「うちに長く使えてくれてる娘が供もつけずひとりで出かけるっていうから、危ないなって思って…」


「…」


「ごめん、僕は気を遣うのが下手で、怒らせちゃったよね。今度からちゃんと雛ちゃんに報告するから」


「……娘さん?」


「え?うん、人なんだけどね。もうずっとあの一族には世話になってるんだ。長い…永い間、その生を見守り続けてきた。あの娘も…あっという間に…」


そこで言葉に詰まってしまったのは――この前まで赤子だった気がしていた紬が、強い芯と信念を持った娘になっていたことに今更ながら気が付いたからだ。

あと数十年で別れが来てしまう――

そう思うとつい胸がつかえてしまった天満を肩越しにちらりと見た雛乃は、浅ましい嫉妬にかられて独り善がりに天満にあたったことを、悔いた。


「…天様」


「…うん」


「すみませんでした。私…その…知らなくて…」


「伊能の一族とは特別な関係だから、いずれ言おうとは思ってたんだ。…ごめんね」


――とても傷ついたような表情をしている天満を抱きしめたい、と思った。

人と妖では生きている長さが圧倒的に違う。

その娘との別れを想像して傷ついている天満をなんとか励ましたいと思った雛乃は、ちゃんと天満の前に座り直すと、大きな手にそっと触れた。


「雛ちゃん…」


「ずっとここで見守ってあげて下さい。まだ別れが来たわけじゃないじゃないですか」


「うん。…ずっとここに、雛ちゃんも居てくれる?」


「え…それは…どうなんでしょうか…」


――わざと焦らしてみると、明らかに焦ってあわあわしている天満の手の甲をきゅっと抓った。


「そうなると…いいですね」


あなたと居たい。

この気持ちは、私だけのもの。
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