天満つる明けの明星を君に②
朔たちが百鬼夜行に出た後、天満は二本の愛刀の手入れをしながらぼんやり考え事をしていた。

雛乃との仲が元に戻ったのはとても嬉しいのだが…何か引っかかる。

自分だけが蚊帳の外のような気がしてならない。

どうしたものかとあちこち探りを入れるが、皆揃って口が堅い。


「何か起きてるのかな…」


そう独り言ちていると、庭の奥の方から行灯の光が近付いて来ていた。

そちらの方向には、伊能の一族が住んでいる家がある。

家というよりは屋敷に近い広さで、本来幽玄町は罪人しか住むことのできない場所なため、万が一危険なことに巻き込まれてはいけないと初代から敷地内で庇護している。


「紬、さっきはごめんね」


「!いえ…謝罪など滅相もありません」


目が合った途端そそくさとその場から去ろうとする紬だったが、構う気満々の天満は刀を脇に置いて空を指した。


「今夜は月が綺麗だから一緒に見ない?」


「!!」


――月が綺麗だ、というのはある種の口説き文句であり、それを知らずにいけしゃあしゃあと笑顔で言ってのけた天満にぴりぴりした紬はふんと顔を逸らした。


「そういうのは愛しい方に言って下さい」


「え?意味が分からないんだけど」


「天様は本当に鈍感ですね」


なんだか馬鹿にされているのか、と首を傾げた天満は、突然空から降って来た笑い声に屋根を見上げた。


「天満、それは女を口説く常套文句だ」


「ええ?なんで?どの部分が?」


音もなく目の前に着地した銀がくつくつと笑うのを見て口を尖らせた。

この銀という男は面白いことが好きで、しょっちゅうからかってくる。

いつも奔放に振舞っていて考えが読めないが、終始隙が無い所がこの男のすごいところだ。


「よし、今日からお前に女の口説き方を伝授してやろう」


「必要ないんだけど」


「知っておいて損はない。好いた女の前で恥をかきたくなければ」


うっと言葉に詰まった天満は、紬にしらっとした目で見られて愛想笑いを浮かべた。


「別に口説いたわけじゃないんだ、ごめんね」


「…分かっております」


――この娘は扱いが難しい。

銀は笑い声を上げて面白がった風を見せながら、天満の気が逸れるように仕向け続けた。

持ち帰ったあの頭骨は、天満に見られぬよう同じ敷地内にある我が家に隠している。

絶対に見られてはいけない。

朔は内々で片を付けるつもりでいた。
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